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2007/6/18■月曜交流会から

日本のエネルギーと東京のエネルギー

@東京にあるチャンレンジの精神

私たちはこの日本の地において光の仲間たちを管理している存在と思ってください。この日本の地において光を管理するというのは、皆さん方がこの日本の地において生まれる許可をもらった時、一人ひとりの流れをどのように仕組み、そして体験を重ね、役割をまっとうしていくのか、それを一人ひとりが神と契約し、そしていざ肉体を持って活動を始める時、自分自身のをどのように使いこなして自分の光をこの日本のまだ光のない所に入れていくか、また逆に自分にはまだ持っていない光をこの地球からいかに取り入れて自分が逆に地球の光をもらっていくか、このお互いの光のやり取りを管理している存在と思ってください。

皆さん方が地球に来る時、一人ひとりが自分特有の光を身に付けており、それは生命波動にしても自分の愛や、知恵や、科学的なもの、芸術的なもの、いろんな波動の状態においてこの地球のために必要と思うものを地球に繋げようとします。そして逆にまだ自分には身に付けることのできない光をこの地球で探し出し、そして地球から光をもらっていく、こういったことを行っていきます。

本来自分の身に付けている光をこの地球に降ろしていく、そのためには自分の持っている光と正反対の特質を探し出し、そしてその光のない所に自分の光を繋げることにより光のない所に光が流れていきます。まだ光のない所に自分の光を降ろしていく、そうすることによりこの地球にこれまでなかった光がもたらされていく、一人ひとりの持っているいろんな特徴、光があり、それを一人ひとりがいろんな形で地球に持って来ています。

そして日本は日本で必要とする光があり、日本に生まれている時に日本の地において必要な光を皆さんがもたらすことになります。今この日本の首都東京という所に多くの人が集まっています。東京に人が集まるということは東京で必要としている光がたくさんあるということになります。

東京にいろんな光を集めていく、この東京という所にいろんな人がやってきて、いろんな光を置いていく、これはかつてここの土地になかった光を今集めていることになります。過去いろんな歴史において、日本はいろんな所で都市として栄えた時期がありました。奈良、京都、鎌倉、それぞれその時期においてはそこで光が必要とされていた時期になります。

そして今この東京という所がとても重要な場所として人が集まってきている。今東京にもたらされている光は日本に限らず、世界的なレベルで必要とされている光になっています。かつての奈良や京都においては、豪族や天皇、公家、そういうエネルギーをつくり上げるためにいろんな人々が集められてきました。鎌倉の頃からは武士を中心とする世界のエネルギーを集めるために人々が呼ばれていきました。

今この東京においては、知性、また成功させる、取り組む、チャレンジする、こういった光が必要とされ、こういう光の持ち主が次々と集められるようになっております。そういった意味で新しいことに対してすぐに飛びつく、挑戦してみる、やってみる、伝統よりは新しいものを好む、そういう波動が集中的にこの東京にもたらされております。

何故この東京にこういうエネルギーが必要なのか、これはいずれ地球が一つとして大きな単位になった時、この日本の東京という場所にあるエネルギーが、ある意味では地球全体の要になっていきます。他の国々いろんな地域のエネルギーでは、どうしてもそれぞれの事情に合わせたエネルギーに変化し、自分たちだけがうまくいく、得をする、自分のために他人を使う、こういう要素のエネルギーが必ず入り込んでしまい、どの土地のエネルギーでも最終的にシャンバラには中々結びつきにくい波動になっていました。

東京にもたらされている挑戦する、取り組む、完成させる、こういう波動は必ずしも自分だけ得するとか、自分のために他を利用するという波動が含まれておらず、純粋に何かに挑戦して成功させるという波動になっています。これはこの地球上にあるいろんな都市の波動の中では極めて洗練されている波動と言えるのです。

世界中のいろんな都市の波動の中において純粋にチャレンジして成功させるという波動はそんなにつくられておらず、この東京にもたらされた波動はとても良い波動なのです。しかし東京以外の人から見れば、東京のエネルギーは極めて異質に感ずることになるでしょう。なんか付き合いにくいとか、ちょっとやりにくい、真面目すぎる、何かそういう雰囲気がもたらされていることになります。

確かに東京に住んでいる人の多くはいかにも自分が少し意識が高いかのように、自分自身の生活水準が上であるかのような意識を持っております。でもそれは決して他を否定したり、他の価値を下げようとする意識ではなく、純粋にもっと良い所へ、より上へ、より良いものへと常に考える意識から出来上がったものであり、決して他の地方を否定したり、変に思っているわけではありません。

ただ他の人から見れば逆に東京以外を何か価値が弱いかのように感ずる傾向が強くなってきています。この日本の地において、こういう都市毎のエネルギーがまた違っており、皆さん方の体験する場においてもそれぞれの差が生まれてきます。自分がどこで体験しようとも最終的には自分の持っている素晴らしい光を、まだその光のない所に降ろし、そして自分にはない光を地球からもらっていく、これはどこでも同じ働きになります。

東京で長く住んでいる人の場合は、自分がより良く、より更に良いものとして完成させていく、常にこういう波動を取り入れようとしたり、身に付けようとしたりしているケースであり、成功させる、うまくいかせるという意識が強く残っております。それ以外の地域では必ずしも成功させることに意味があるわけではなく、むしろ人生とは何であるのか、成功させることが人生なのかどうか、生き甲斐ということを考えた時、自分の生き甲斐が何であるのか、生きるということそのものを考える傾向があります。

これはまた東京にはない波動であり、一人ひとりが真剣に取り組むべきテーマでもあります。自分はどういう生き方をしたいのか、どういう生き方を見せるのか。東京以外の人が東京の生き方を見た時、いろいろ不快感や違和感があったとしても、やはり東京的な生き方が一見合理的で一つの分かりやすい生き方のように思えてきます。

成功する、うまくいくといったことが刺激的であり、非常に分かりやすい、自分も成功することによって自分の価値を理解する、そういう生き方が確認されるのです。しかし東京以外の人はそういう完成させるとか、うまくいかせる、必ずしもそういう東京の波動に意識を向ける必要はありません。それぞれの大事なところを尊重する、それぞれの良いところを認めていく、これがとても重要な働きなのです。

自分の持っているエネルギーの中で何が一番大切なのか、どのようにして地球との間でエネルギー交換を行なうのか、この日本の地において自分の生き方、いろんな観点から眺めるようにしてみてください。

私たちは光の集まりの中の一人として理解をしておいてください。今の話に続いて日本の人々が光のマスターと一緒に協力し合う、光の仲間として活動する、そういう意識を持った時、実際自分は何をどのように行なうのか。光のマスターと一緒に活動するということがどういうことなのか。いろんなイニシエーションを受けたり、いろんなレベルに意識を高めていくと、マスターたちがいろんなことを行っていくのか。

一人ひとり実感がない場合にはそういういろんな考え方が出てくるものと思われます。しかし光のマスターと一緒に協力するということは、必ずしも皆さん方がマスターから命令や指図を受けて自分がその通り行動する、そういうことを意味しているわけではありません。

むしろマスターはほとんど感ずることなく実感もなく、話すらもしたことがない、そういう人でありながら実際には光のマスターの働きを完全にこなしている人がたくさんおります。ほとんど自分では意識していません。光のマスターと一緒に協力し合うということは、まず人間としての体験の中で自分が感じたこと、思ったこと、いろんなことを常にマスターに伝える、自分の体験したこと、一つひとつをマスターに伝えていく、まずこういう意識が必要になります。

したがっていろんな体験をする、その時に何も考えずにただ終わらせてしまうのではなく、自分はどういうことを考えて何を目指して、そしてどう行動したらどうなったのか、一つひとつ考える癖を身に付けていただきたいのです。そうすると何かを成す時に自分はこれを考えてこうした、こういう風に考えてこういう結論を出した、その考えている様がすべてマスターに伝わり、マスターから見た時、その人の考え方、その人の意識の向け方がよく分かってくるのです。

一見何も考えずにただ行動している人、本人はマスターと完全に繋がっているという意識を持っているかもしれませんが、実際にはほとんど何をしているのか分からない場合が多いのです。特に日本人の場合、ちゃんと考えている人がそんなにいないために、ほとんどマスターに伝わらないことが多いのです。

そうでありながら一人ひとりはしっかりマスターに頼んでおいたから明日は大丈夫とか、マスターに一生懸命お願いしたので絶対間違うことはない、本当にほとんどの人がそう信じているのです。しかしマスターから見た時、何が頼まれたのだろう、お願いって何だっけ、主語述語がまったく分からないために、マスターも何が頼まれたのかさっぱり理解できないのです。

特に若い女性の場合、雰囲気だけで頼んでおいて、エネルギーや感情だけ送っておいて、それで頼んだかのように思っている人がいますが、雰囲気や感情のエネルギーだけでは何も伝わりません。もうマスターのレベルでは感情の分析はそれ程得意ではないために、しっかりとした論理的な思考でないと情報が伝わらないのです。

ただ感情のエネルギーだけ送られてきても、それがどういう意味なのかがまったく分からないのです。お願いします、という波動だけがやってきて、何をお願いしたのかが分からないのです。こういうマスターとのやり取りが結構多くの日本人にあるために、最終的には肉体人間とマスターとの繋がりがそれ程強くないのです。

一部の東京に住んでいる人々は、そういう表現するということに訓練を受けている場合にはしっかりと表現するという意識があり、それによってマスターたちに伝わる場合があります。そういった意味においては、マスターのお願いや頼み事が分かりやすいのは東京や、やはりしっかりと表現をしている人たちになります。雰囲気や感覚だけで行っている人はほとんどマスターには繋がっていません。

マスターたちから皆さん方に何か指示があったり、依頼があった時、それをどういう風に受けているか、東京の人は何らかの新しい情報や雰囲気としてマスターの思いを感じます。あ、こういうやり方もあるかもしれない、あ、これはこうした方が良いかもしれない、一つのアイデアとして頭に浮かんできて、そしてそれをどう実現するか、どうもっていくかを考えていきます。

東京以外の人々にマスターの情報が流れた時、まず余程のことでない限り本人の意識にキャッチされないのです。本人の意識に引っかかるためには何らかの感情を伴う波動を入れる必要があり、それによって良いことが起こるとか、得する、楽しい、何らかの感情的なものが入るとうまくそれで引っかかってくれまりす。しかし一切の感情を入れずに単にマスターの思いだけ伝えた場合には、素通りしてしまい、ほとんどキャッチされないのです。これはとても面白い現象になります。

したがってマスターたちが東京以外の人々に伝える時には、何らかの感情のエネルギーを一緒につくり出さなくてはなりません。しかしこれがマスターにとってはとても辛いことです。人間世界を完了し、感情的なものもほとんど終え、もう感情にこだわらず、捉われず、しっかりとした意志で人々にも奉仕していこうと思っている時に感情のエネルギーを使うということは、自分自身の存在価値を下げるものであり、自分の波動を落としてしまうことになります。

これは本人にとても辛い状態になり、本人の波動が低くなってしまい、その分低い存在に関与されやすくなってしまうのです。したがって、余程のことでない限り中々そういうことはしたくはありません。むしろ自分の波動を高める方向へと彼らは望んでいるために、波動を下げることはあまり好んでいないのです。したがってマスターたちが人間の波動にわざわざ降ろして合わせるということは、苦痛以外の何者でもありません。

余程の重要な場合にはそういう手段を取るかもしれませんが、日常の状態においてはそういうことをすることはまずないでしょう。ではマスターの思いを人間が受け取ることは不可能なのか、そういうわけではありません。常にいろんな波動が皆さん方に送られており、マスターたちからいろんなアイデアが本当に流されています。ただそれをキャッチするかしないかは一人ひとりの問題であり、一人ひとりがどれをキャッチするのか、どれをキャッチしてどう反応するのか、それがまったく分からないのです。

この日本の地において、これから人間と一緒に協力し合って活動しようという存在がたくさんあります。マスターに限らず宇宙の仲間たちにもたくさんいます。しかし彼らが皆さん方にうまく繋がるためには、しっかりとした思考のレベルで繋がりをつくる必要があるのです。そのためには感情のエネルギーや雰囲気、大雑把な思考で繋がるのではなく、しっかりとした思考で繋がっていく、これが必要になってきます。

皆さん方がしっかりとした思考というものをどの程度身に付けているか、これは一概には言えないでしょう。まず多くの人が今の自分の考え方を一番しっかりした考えと思い込んでいるからです。さらに自分を磨いて良い表現力を身に付けようとか、良い考え方にもっていこうとする人がそんなに多くはありません。

これまではそれでもうまく生活できましたが、日本から世界に広がり、世界の中の日本として生きる時にこの思考というものがとても重要になってきます。世界的なレベルの話になった時、感情の話し合いはほとんど意味がなくなります。日本人同士は感情的なもので仲間をつくったりするゲームをたくさんやっていますが、世界の場においてはむしろ感情はほとんど逆効果であり、逆に思考のレベルでどううまくすみ分けを行っていくか、思考のレベルでのやり取りをどうするかによって世界が変わってきます。

一人ひとりの思考のレベルがどこまで洗練されていくか、今の日本人は確かにまだ未熟な思考のレベルであり、世界でリーダーとなれるような思考過程にはなっていません。しかし日本人はとても器用であり、また何でもものに出来る特殊な能力を身付けているのです。したがって本当はそういう考え方、思考の仕方をちょっと練習して、トレーニングしていけばいくらでもそれは身に付くのです。したがって今私たちの世界においては、この日本人の思考に影響を与える人をどう日本人に紹介するか、今それが次のテーマになってきています。

日本人の全体に影響を与えるような人物で、しかも論理的な思考がしっかりと身に付けられ、またそのトレーニング法がとてもうまくできていて、どの年代の人でも男性でも女性でもが練習、トレーニングでき、そして身に付けることができる、今こういったことが考えられているのです。そして日本人の思考が具体的にとても良い考え方になってきた時、おそらく日本人の生き方も変化していくでしょう。

具体的なやり取りでコミュニケーションが取れるようになり、具体的なことでお互いを決め、ルール化し、分かりやすくなっていく、これまで曖昧性が得意とされていた日本人が具体的なもので生きるようになっていく、これまで曖昧性の中に日本の美を認識していた人は、日本が日本らしくなくなってくるように感ずるかもしれません。

でも十分に日本人として存在しているのです。要するに思考の使い方としては明確な具体性を持っていながらも人間の関係においては、ある一定の距離を保ちながら相手を傷つけることなく、また近すぎることもなく、良い距離で人間関係をつくり上げていく、そういったことが可能になっていきます。

この日本人のつくり出す人間関係は、今後の地球にとても大きな影響を与えるかもしれません。どの民族でもどの年代でもうまく付き合える術が入ってくるからです。人種によらず、国家によらず、宗教によらず、同じように付き合える、話としては論理的で分かりやすく、でも良いところである程度オブラートに包み、責めることなくお互いが喜びを持つ距離で感情を使っていく、そういうことが十分に可能なのです。

日本人の今後、論理的な思考をいかに身に付けて人間関係に役立たせていくのか、これが今皆さん方に与えられたテーマと言えます。自分の意識の持ち方を少し考えてみて、今後自分自身の論理的思考をどう変えることができるのか、一人ひとりで取り組んでいただければと思います。それではアドバイスをしてみます。


Minekoさんの今の意識を見た時、あなたの意識の中で論理的な思考という特性を見た時、やはりある意味では自分の論理の中ではうまく分かっていて納得していても、いざ言葉に出して説明する時に相手に通じにくいというところがあります。これは自分のつくり上げた論理が周りの人の論理と時々ずれているところがあるからです。論理とは何であるのか、論理とは一つひとつが完結していなければなりません。一つの文章、一つの文が完結している、完結するということはそこで一つの意志が明確に存在していることになります。何かが存在している、あるいは何かが存在していない、そういったことをしっかりと示す必要があります。一見日本人の場合、説明しているように見えても実際に存在していたのか、存在していないのかという肝心なところについて、ぼかしてしまう場合があります。これは論理とは言いません。ぼかしてしまうと結局論理にはならなくなり、単なる雑念や独り言の世界になってしまうのです。表現する、それが必要であり、そのためには明確に論理として展開する必要があります。自分の日頃のトレーニングにおいて、明確に何かを示す、表現する、現わす、存在として認識する、そこに意識を向けた時、自分の考え方をどうもっていけば良いか、自分なりの意識の方向性を考えてみてください。

Keikoさんの意識を見た時、あなたの意識の中に今後の日本における活動での状態を見た時、自分の中につくられてきている新たなる意識、これがゆっくりゆっくり形成されてきて、とても時間が掛かる状態になっています。方向性としてはその方向で大丈夫ですが、実際に自分の能力として身に付ける、自分のものとして完成させるのにかなり時間が掛かるかもしれません。それはどこかでまだ逃げていたり、完全にそこに入り込めない、踏み込めないという要素が入っています。そのためにそれを完全に身に付けようと思っていても、まだどこかで引っかかって完全に身に付けることができず、自分のものにできないのです。完全に自分のものとして成功させる、この波動がどうしても弱く、途中である程度できて満足してしまったり、途中段階での喜びを感じて終わらせてしまう、こういうことになってしまうのです。ぜひ何か一つのこと、完全に成し遂げて完成させる、こういった経験を何回か繰り返して、この波動を身に付けていけるようにしてみてください。

Hitoeさんの意識を見た時、あなたの意識の多くの部分にいろんな人々との関りのエネルギーが入っており、そしてこの人々との関りによってあなたの意識が成長していきます。あなたの意識は何かを修練して高めるというよりはいろんな人との関りの中で成長していくやり方になっています。したがって、いろんな人との間でやり取りをしている時、その時に自分の意識の持ち方、自分の新たなる意識に向けてのトレーニングをすることになります。いろんな人との関りの中で自分はどういう風に説明したら相手がどう理解できるのか、相手の言っている意味をどういう風に解釈したら一番自分に分かりやすいのか、その都度考えることになります。そしてすぐに自分で結論を出して相手に説明していく、こういうやり方が増えるものと思われます。したがって、常にいろんな人から話しを聞いたりする時、なるべく相手も論理的に判断できる方向へと、論理的に解釈できる方向へと自分から話しをもっていったり、感覚的なものや雰囲気で終わらせるのではなく、納得する感じの論理的なもので満足していく、そういう方向へと導くことになります。自分の普段の中で自分の方向性に合う説明の仕方、相手が理解できる流れ、そういったものを考えながら自分の方向性を見つけていってください。

Mihoさんの意識を見た時、あなたの意識に自分がこれまで身に付けてきたいろんな考え方、意識の扱い方、これに新たなる波動を自ら身に付けようとして今いろんな思いがよぎっております。自分は自分のこれまでのやり方でやっていきたい、それに合う意識の持ち方をどう身に付けていくか、今後のあなたの流れを見た時、自分が表現するということがとても重要な鍵を握ってきます。自分が表現することなしにただ相手に合わせていくと、最終的には自分のためにならないことがよく分かってきます。相手に合わせていくと一見うまくいっているように見えても最終的には相手に利用されているだけであったり、自分がまったく満足できない状態になることが普通になります。自分が満足するためには自分なりの表現をする、自分はそれに対してどう思うのか、それは結局自分の人生に役に立つのか、しっかりと表現してみる、これがとても重要な鍵を握ってきます。自分のためにならないと思ったらしっかりと表現する、自分のためになると思えばしっかりと行動していく、そういう意識を身に付けて自分を生かせる方向へともっていってください。

Hiromiさんの意識を見た時、あなたの意識において、自分なりの表現、思考、論理的な意識、こういったもののほとんどがまだ自分でも整理しづらい状況かもしれません。何をどのように考え、どうもっていったら良いのか、まだ整理できていないかもしれません。自分ではいろいろ考え、論理的に進めているように思っているかもしれませんが、実際にはあなたの場合には論理的な思考にはなっておらず、やはり感情や雰囲気で判断することが時々あります。そのために論理がいくらうまく説明されていたとしても最終的には論理ではなく、感情や思いで決断することがあります。その一つの判断が意外と大きな影響を与えたり、それによってすべてが反対になってしまう場合もあるのです。したがって最終的な判断をする時には、感情ではなくしっかりとした論理で考えていく、本当に自分は何を望んでいるのか、感情ではなく論理でしっかりと考えた時、改めて自分の方向性が見えてきます。ぜひその方向性を自分の力で見つけられるようにしておいてください。

Yukikoさんの意識を見た時、あなたの意識には思考の部分について見た時、あなたにはいろんな考え方、いろんな見方をする能力があり、論理的な思考や判断の他にいろんな観点から物事を見分ける能力があります。そのために一つのテーマに関して一つだけの答えを求めるというよりは、いろんな観点から見ていろんな答えを引き出していく、いろんな見方の中で最終的に自分はどう思っているのか、そういった考え方になっていきます。これはある意味ではとても良い考え方であり、一つの論理にこだわらず複数の論理で、複数の見方で考えていく、そしてどれを使うかにおいて更に一番大事なもの、一番重要なものの論理を最優先する、そういう考え方になっています。これは今後の日本においてもとても重要な光であり、こういう考え方はぜひ多くの人にも広げてもらえればと思います。したがって、いろんな人と話し合いをしたり議論する時、自分なりに感じたいろんな見方、いろんな感じ方をまず上げてみて、そして総合的に見て何か本当のものを見つけていく、そういう訓練を他の人にも広げていき、そして自分なりの判断の仕方を身に付けていってください。

Madokaさんの意識を見た時、あなたの意識の多くがあなたにとっては一つひとつが具体的なもの、論理的なものとして展開されています。したがってこれは非常に理解しやすく、あなたの論理的な考え、意識が他のいろんな存在にも伝わりやすくなっています。このいろんな考え、いろんな意識、その中には今後の日本の考え方において重要な流れとなる意識もあります。論理的に考えるということがどういうことか、人のことを考えるということがどういうことか、必ずしも感情一辺倒ではなく、かといってルール一辺倒でもなく、その人がまた多くの人がそれによってどれだけの満足度、幸福度を得られるかどうか、全体の幸福の中で自分はどの程度の幸福を得ることができるのか、そういった考え方が重要になってきます。そしてその考えに向っている時、自分の言動の一つひとつがそれに見合ったものとなっているかどうか、そういったことが常に頭をかすめ、考えることが普通になってきて、論理的に考えるということがどういうことか、自分なりに分かるようになっています。自分なりのその考え方をぜひさらに推し進め、いろんな人との間でいろんな観点で考えた時、自分はどういう風にしてそれらを分かりやすくもっていくか、説明するか、判断するか、そういったことができるようになっていくでしょう。ぜひ自分の考え方の方向性をしっかりと導くようにしていってください。

Kimioさんの意識を見た時、あなたの意識の多くの部分は考えるというエネルギーをかなり身に付けています。いろんな観点から考えるということができており、一つひとつのアイデアにいろんな考えが付着しています。これは一つの考え方に束縛されていないエネルギーであり、どの一つのアイデアでもろんな考えがそこに付いています。これはとても柔軟性のある考えであり、いろんな人に伝わりやすくなっていきます。いろんな人がいたとしてもそれぞれが自分に繋がりやすいエネルギーで繋がっていくために、多くの人に理解されるということがありますが、その反面一人ひとり考えていることが全部違っていきます。多くの人に伝わっているように見えていながらも一人ひとりの解釈がすべて違っているのです。これはあなたがろんなことが考えられる、いろんな観点から考えている、そのエネルギーがそのまま伝わっていくために、一人ひとりは自分と繋がっているエネルギーでその考え方を見つけていくのです。これが非常に難しいところであり、一つの見方で単純に区切ってしまえば多くの人に中々伝わりにくくなり、一部の人だけが確実にそれを理解される、いろんな考え方を取り入れてそれで多くの人に説明した時、いろんな人に伝わりやすくなっていきますが、それぞれが違う波動で自分の解釈をしている、今後あなたがどういう方向でこれを育てていくのか。最終的には一人ひとり人を見て法を説く、そういう世界に入っていきます。その人にはどういう切り口でどういう見方で説いていくのか、この人にはどういう説き方をするのか、そういうテクニックを身に付けることになります。一人ひとりに対応した考え方、意識の持ち方、ぜひそれをトレーニングするようにしてみてください。


皆さん方が日本の管理者、光の管理者と契約をし、そして自分の光をまだ光のない所にもたらす、この役割を担っていきます。皆さん方の働きが光のマスターたちにぜひ伝わりやすくなるように、論理的な思考で繋がりやすくなっていけるように、皆さん方との間で少しオーラの調整を行ないます。しばらくエネルギーを感ずるようにしてみてください。それでは少し休憩をとります、ありがとうございました。


A漠然と思ってもつながらない

私たちは今日ここでずっと眺めていた宇宙の仲間です。今日、いろんな宇宙との繋がりが行なわれるということで、多くの仲間たちがずっとここで見守っておりました。皆さん方が話を聞いたり、いろんな意識を向けている時にエネルギー的な繋がりをつくったり、一人ひとりに合わせた調整を行なっておりました。

いろんな調整をしながら、私たちの仲間が皆同じような印象を感じておりました。いろんな宇宙の仲間たちと繋がりをつくる、そういう目的で今日セッションが行なわれておりました。しかし一人ひとりのイメージしている繋がり方というものがあまり具体的に伝わらず、いわゆる皆さん方の単なるお友達、自分の近くにいる友達や家族、そういう雰囲気で宇宙の仲間と繋がりたいという感覚だけが伝わってきてました。

確かに私たちは皆さん方と仲良くすることは必要と考えております。友達のように、家族のように接することは必要です。しかし今この時点において一番必要なことは何なのか。私たち宇宙の仲間たちは単に皆さん方と単に友達になることが目的なのか。今地球はとても重要な時期にあり、場合によってはこの日本が潰れてしまうかもしれない、地球がまったく光とは別のものの世界になってしまうかもしれない、光が完全に地球から去ってしまうかもしれない、こういう状態の時に単なる友達や家族のように接することで十分なのか。

今自分たちの地球の置かれている立場や意識がほとんど理解されていないということがまず伝わってきました。いろんな機会で日本がいかに今危ない時期に来ているのか、今一人ひとりの意識の転換期でも、いかにそれが大事で、自分の意志で自分の行動力で変わらなければならないのか、これは何年も前からずっと言われてきたはずです。

そして皆さん方もここで何度かその言葉を聞いていたはずです。しかしいざワークをする時その意識がほとんどない、何度も何度も重要だとして伝えていたことが実際には意識の中に入っていない、こういう状況にびっくりしてしまいました。友達のように家族のように接して欲しい、今置かれている立場は別にどうでも良いから友達のように宇宙が面倒を見て欲しい、しかしこの地球がどうなるのかは地球の皆さん方が責任を持っているのです。

この地球におけるいろんな事件やトラブル、災害はすべて地球の人々によって起こされているものです。私たちがつくり出したものではありません。したがって、私たちはどうすることもできないのです。地球上の被害を食い止めることができるのは皆さん方だけなのです。

その皆さん方が私たちと仲良く接して欲しいと言ってくる、一人ひとりのエネルギーを調整していましたが、非常に複雑な思いが出てきました。今この地球は本当に非常に厳しい状態にあり、いつ支配者が変わっても不思議ではないくらいの緊迫した状態にあります。本当に油断ができない状態にあるのです。

確かに地球は爆発はすることはないでしょう。しかし、別のものが支配するという可能性はまだ残っているのです。光のものが最終的に勝利するという確立はそんなに高くないのです。もし地球がそうなった場合皆さん方はどうなるでしょう。少なくとも喜んで地球から出ていくという事態はあり得ません。一人ひとりが責任を取る必要があるからです。

あと何年で地球から出られるとか、もう少し我慢したら地球から卒業できるということはあり得ないのです。今地球に肉体を持っている人が本当にどういう使命を持ってやってきたか、本当にどういう状況なのかが、まだ理解されていない、そういったことが今日改めて感じられた一日でした。

確かに皆さん方だけの所為ではないでしょう。また皆さん方だけが何かしようとして変わるものでもありません。しかしせめてこの場だけでももう少し危機感、あるいは意識をしっかりと持ってもらう、もっと光のために何かしなければいけないという意識があっても良いのではないかと感じておりました。

この地球ではいろんな所でいろんなライトワーカーが活動しています。そして今のような意識をしっかり持って本当に毎日身を捧げて活動している人もたくさんいるのです。中にはまったく内緒で秘密で誰にも言わずに、わずか数人のグループでやっている人たちもいます。皆さん方は高度な知識を身に付け、学んで、それで意識的な成長を遂げてきました。

しかしそれを現実に地球のために生かす、地球のために行動するというところがどうしても弱く、まだ知識のレベルで理解しようとしている段階に留まっているのです。学びという言葉が皆さん方にとても好まれていますが、知識での学びはそんなに重要ではありません。問題なのは行動での学びになります。

実際やってみる、やってみるといろんな例外にぶつかり、初めていろんなことが分かる。あ、光を広げるってこういうことだったのか。あ、こういう風にやっても光は入らないんだ。あ、一人じゃだめなんだ、こういったことはすべてやってみないと分からないことです。皆さん方の多くがそういった行動何一つせずに頭だけでいろんなことを論じていきます。

結局その論理は一見自分の論理としては当たっているように見えても、エネルギーが伴っていないために、何の力もない論理になっていきます。体験の伴っていない論理はただの論理だけになり、これは他の人の心にもマスターにも伝わることはありません。頼んでも頼んでも聞いてくれない、皆さんはそう思うかもしれませんが、エネルギーの入っていない論理は伝わらないのです。エネルギーが入るためには行動したことが伴っていなければなりません。

失敗での体験、何度も何度もやってやっと成功した体験、こういったことからつくられた論理はエネルギーがあり、説得力があります。これはマスターにも届くし、他の人にも心にも届くでしょう。一言でもその人の心に響いて言うことを聞いてくれる場合があります。しかし何一つ行動の伴っていない論理は結局人の心を打つことがなく、マスターにも届かず、最終的には自分だけの妄想として終わることになります。

論理というものが何であるのか、単なる妄想と論理の違いが何であるのか、そこに体験が入るか入らないか、この大きな違いを感ずるようにしてみてください。それではここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)2007 CentralSun
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