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1999/5/31■月曜交流会から

科学や宗教ではなく自分の心を信じる

@科学を信ずるのは宗教を信ずるのと同じ

私たちは大いなる存在の集まりからやってきました。今日は、かなり違う観点からお話をいたします。これまで日本や地球について、今、一人ひとりが何を為すべきか、これからどのように考え方を変えて生きていくか、ということの大切さを述べてきました。今日は、これからの時代に向けて、今のこの状態がどういう位置関係にあり、一人ひとりがどういう状況になっているかを説明してみたいと思います。

今、地球を囲っている流れが急速に変化しております。いわゆるアセンションとか新世紀を迎える流れという構図が大幅に変化してきております。地球人の意識の状態が以前よりかなり変わってきているために、流れもそれに応じて変わってきました。地球人の意識が少しずつ高まっております。自然を大切にしたり、人種や国家の違いを超えて愛し合うという人々もかなり増えてきました。世代を越え、民族を越えて交流し合うという状況が以前よりかなり活発になってきております。

自分とは違うものを取り入れる。今まで否定していたものを積極的に取り入れていく。こういう状況がかなりやってきております。それに応じて地球の流れもかなり変化を見せております。確かに争いは多く、差別や否定のエネルギー、無視する場というのは存在しております。それでも当初の予定に比べれば、かなり減ってきており、それらの影響があまり大きく出ないような方向で地球が変わることも可能になってきました。

これまでの地球を支配していたのは、束縛や宗教のエネルギー。力の強いものが弱いものを支配するという構図が完全に出来上がっていました。それが必ずしも幸福を実現することには繋がらない、心の幸福には繋がらないということに気がつき、心の幸福をどうやって実現していくか、心の平安をどのように実現するかに意識が移ってきました。

違う民族であろうと、違う国家であろうと、心の幸福を求めるのは皆、同じです。それは力による支配関係ではなく、金銭による支配関係でもありません。確かにそれに気づかぬ者も多いでしょう。金銭を獲得することが幸福と思い、それを追及する人もまだまだ後を絶たないかもしれません。それでもその虚しさや意味のなさが次第に明らかになってくるでしょう。今、地球は人々の心の訴えを真剣に聞いております。金銭に支配されない社会、支配や差別に影響されない社会、そういう社会が早く実現できるのを望んでおります。

この地球はこれからどのようにして、そのような社会に変わっていくのか。それは一人ひとりの意識の状態とかなり密接に関係しております。一人ひとりが心からその実現を望んでいる必要があります。力による支配ではなく、愛による関係、宇宙の自然な原理に従った構図、多くの生命と協力し合う関係、これらによって築かれた社会、こういう社会を望んでおります。

したがって一人ひとりもそういう構図が心に作られていくことが必要になります。一人ひとりがまず、心による人間関係、いろんな生命との繋がり、宇宙と一体となった行動の仕方、これを心の中に造り上げる必要があるのです。一人ひとりが心に新しい地球の姿を造り上げていく。これが新しい地球を創るいちばんの道となります。

これまでいろんな宗教がありました。そしてどの宗教も同じように心の平安を訴え、それを皆が心で信ずることによってその社会が訪れることを望んでおりました。その結果、どうなったでしょう。いろんな宗教が対立し、自分の宗教だけが正しいものと信じ、他の信者を否定してきました。心の平安を願い、心の平安を信ずることによって地球の平安が訪れると分かっていながらも、宗教の争いが耐えない。何故なのでしょう。

過去の宗教が説いていたのは、一人ひとりの心の平安ではなく、その信者だけが平安になるという思いを持っていたのです。自分の宗教を信じれば、その信者は幸福になる。そしてその信者の心のエネルギーによって地球は平和になる。そう信じていました。そしてどの宗教もそう信じていたために、宗教同士の争いが起こっていったのです。したがって教義を前提にした宗教では地球は平安にならないのです。

教義によって信者を束縛し、自分の信者だけが幸福になると教えているからです。では、これからこの地球が地球人の心によって平安が実現されるためには、一人ひとりがどういう心を身に着けたら良いのか。

言うまでもなく、宗教的なエネルギーや組織、団体による教えを説いても、それは地球自身の平安には結びつきません。宗教と同じように、どこの団体が正しいのか、そこの組織が正しいのかという争いが起こってしまうからです。したがって一人ひとりは組織や団体に依存しないエネルギーで心の平安を造り出す必要があります。教義のない心の平安、これが一人ひとりに必要とされるのです。

心の平安を得るために、教祖や神、宇宙的な存在を信じて、その言うとおりにしておく。こういうやり方自体が好ましいことではなく、争いばかりを広げてしまいます。したがって一人ひとりは何かを信ずるとか、何かに向かうとか、何かを拝むというやり方では地球の平安をもたらすことはできません。自分は教義によらず、教祖を造らず、ただそのままで心の平安を造り上げていく。何かを信じて幸福が得られると考えるのではなく、今、どの教義にもどの教えにも束縛されない自由な心を感じていること自体が幸福であり、地球に生かされている現実そのものが幸福であるということ。その現実をただそのまま受け入れていく。これによって心の平安が作られていきます。

しかし多くの地球人は証を得ようとします。自分が幸福であるという証、心が平安であるという証を得ようとするのです。宗教や組織、団体に入っている者はそのメンバーであるということによって証を得たり、教義を理解しているからといって証を得ようとします。そういう証を得ようとする気持ち、保証を求めようとする気持ちが堕落する道を造り出します。

今、そのままで幸福である。これに証は必要ではありません。生きていること自体が証となります。この地球で生きているということはとても素晴らしいことであり、それだけで宇宙や神から愛されているという証となるのです。にもかかわらず、もっと明白な証を得ようとする。あなたは十分、神に近づいた。あなたは十分に教義を理解している。あなたは十分に天国に招かれる。こういう証を得ようとして、学びを続けている人もおります。

これからの地球の流れを変えるためには、そういう証を得ようとするエネルギーを手放すことが必要になります。今、自分がどういう状態にあり、どこまで成長したか、自分はどのレベルにあるのか、それを知りたいという人がたくさんおります。これも証を得ようとする気持ちの現れなのです。

確かに成長するということは大切です。そして成長することによって地球も進化していきます。でもどこまでどれだけ成長したかを確認しようとする気持ちはまったく意味がありません。成長は自分で計るべきものだからです。自分が以前の自分よりどこまで心の自由を感じ、的確に表現し、自由に行動できるようになったか。それは自分で分かることです。

まだまだ自分がうまく表現できないところ、自由に行動できないところ、それらを感じているならば、それは自分の力で解決する必要があります。そして次のステップに向けて自分で努力していきます。証を得ようとする気持ちも宗教的なエネルギーで現されたものといっても嘘ではありません。こういった宗教のエネルギーを完全に手放して、自由な心で自由な生き方をする。

一見、簡単なようでいて、実はとても難しい生き方となっております。あまりにも宗教的な考えが身についてしまったために、どんな行動をとるにもしても、それは正しいのか正しくないのか、やって良いのかやって良くないのか、考えてしまい、素直な行動がとりにくくなっているのです。やりたいと思ったことがすぐに行動に移せず、まず頭で判断をしてしまいます。今までこれはやってはいけなかった、まだやったことがない、迷惑がかからないかどうか、いろんなことを考えてしまいます。

そしてわずかでも失敗すると、やはりこれは良くないといって二度と行動をとらなくなってしまう。そして結局は今まで通り、宗教的なエネルギーをまとったまま、身についたやり方を続けていきます。これが宗教のエネルギーなのです。結局、面倒臭いから危ないことはしないで、今まで通り同じようにやっていく。そうすると、何とかうまく現実が進んでいく。こうやって楽しようとする生き方が宗教的な生き方です。

これから皆さん方はそういうエネルギーから解放されて、自由を感じながら満足した心で生きていく生活が必要になります。いちいち正しいかどうかを気にしたり、迷惑かどうかを気にするのではなく、まずは心が楽になることをやってみて、それで自分が満足することを感じていきます。やってみたら、意外と楽しかった、ほかの人にも喜びが感じられた、そういうやり方によって一つひとつ、行動に関するエネルギーを変えていきます。

自分のエネルギーが分からない。どこまでが宗教的なエネルギーで、どこまでが自分の本来のエネルギーなのかが分からない。そう述べる人も多いでしょう。今の地球人のほとんどは何らかの形で宗教的なエネルギーに影響されております。神という名前を使うだけで、何らかの宗教的なエネルギーとつながってしまいます。

宗教的なエネルギーにまったく関与されない生き方、一見科学だけを信じて生きている人がそういう人間であるかのように思うかもしれません。でも実際には科学だけを信じている人も宗教的なエネルギーに操られております。科学という宗教を信じていると同じといえます。科学的に解明されていないことは信じない。それは教義に書いていないことは信じないことと同じといえます。科学だけを信ずるものは教義だけを信ずるものと同じ心なのです。教義に左右されない心を持つということは科学に左右されない心を持つということと同じになります。しかし科学を否定せよという意味ではありません。科学は科学でまだまだ成長する必要があります。

地球人はまだほとんど自然界を解明できておらず、今の科学は万能には程遠い状態になっております。その未熟な科学のレベルで自然界はおろか、宇宙界や神を理解することはとうてい不可能といえます。したがって今、まだその未熟な科学を信じるのではなく、あくまでも未熟なレベルの科学知識として理解し、それをいかにうまく使いこなしていくか、自分の成長のため、地球の進化のためにどうそれを使いこなしていくか。そこに意識を向ける必要があるのです。したがって多くの人は科学という宗教かほかの信仰する宗教によっての影響を何らかの形で受けているといってもよいでしょう。

したがって宗教に依存しない生き方というのは、明確な宗教に限らず、ほかの宗教や団体、科学といったものに束縛されない心、それを前提にしない心、といった生き方が必要になるのです。今、自分はどこまでそういったものから解放されているか。概念の多くはそういう知識で作られてきました。今、その概念そのものが作り替えられる時期に入っております。今まで学んできた知識がだんだん現実に当てはまらなくなっていきます。科学で解明されたと思っていたものが、まったく違うことを現実化し始めていきます。

今までの知識が当てはまらなくなるのです。それは社会がおかしくなったり、地球がおかしくなったのではなく、本来の真実が目の前に現れてくるのです。今までの科学知識や宗教の教義としてごまかされていた地球人に、そういったものが単なる概念に過ぎないという現実が与えられ、本来の宇宙の姿を目にすることができるようになっていくのです。そうやって皆さん方は今までの概念とは違う新たなる地球の姿を目にしていくのです。

そこで体験する新たなる地球は、今までとはまったく違う側面を見せてくれるでしょう。思考や感情のエネルギーがいかに現実に影響を与えていたか。人間がいかに偉大なる生命で、人類がいかに密接な繋がりを持っているか。宇宙と地球、人類は非常に関係の深い繋がりができていて、お互いに重要な影響を与え合っていたか。そういった新たなる素顔が目に見えてきます。したがってそれを本当に信じて、皆さん方は新たなる世界に向かって意識を変えていく必要があります。

これからの大いなる世界に向けてのいろんな話をこれから多くしていくことになるでしょう。皆さん方も自分の意識をいかに新たなる世界に対応させていくか。教義や知識に左右されない生き方をいかに身に着けていくか。そういったことに目を向けて学びを進めていってください。

少し、ここで休憩をして、後で続きを始めます。ありがとうございました。


A肉食は必ずしも非ではない

私たちは皆さん方の波動を見ながら、少し説明をしていきます。先ほど、教義や知識にしたがって生きることが実際には束縛的なエネルギーを造り上げ、自分が束縛の中に入り込んでいくという構図を説明しました。これからの社会がもっと心を解放させ、行動を自由にさせていくためには、そういった束縛のエネルギーから解放される必要があります。でも多くの人が、それは現実的にはできないと口にするでしょう。お金がないと何もできない。働くところがないとお金が入らない。こういう構図が完全に出来上がっているのです。

皆さん方はエネルギーを食物というものによって摂取し、それによって肉体を維持しております。したがって肉体を維持できる最低限のエネルギーを確保できれば、本来、心配するものは何もありません。食物によってエネルギーを摂取している。これはこれで真実となっているでしょう。でも実際には食物だけでエネルギーを摂取しているのではなく、自然界のいろんなエネルギーを同時に取り入れているのです。

もう少し、厳密にいうならば、食物という三次元的なものを媒介にしてエネルギーを体内に取り入れているのです。したがって食物そのものは必ずしも肉体に必要なすべてのエネルギーを表しているのではなく、単なる媒体に過ぎないのです。したがって食物という媒体を使わずに、自然界のエネルギーを取り入れることが可能であるならば、その人はいちいち食事という行為をとらなくても体を維持することはできるのです。

しかし多くの人が、すでに食事という行為によってエネルギーを摂取するという概念が完全にできております。したがって食事をしないとお腹が空き、肉体が動かないという現実が訪れてきます。本来、そういう概念をまったく造らず、自然界のエネルギーを体内で直接、吸収し、肉体を維持するということを教えられていれば、体はそういう風に反応していきます。しかし多くの人はもうすでに食事という行為が必要となるように教えられたため、これを変えるには大変な労力が必要になるでしょう。

したがって一気にすべてを変えようとするのではなく、段階的にゆっくりと変えていく必要があります。まずは動物系のたんぱく質を摂取するとき、今までは肉という媒体を介してそのエネルギーを摂取してきました。でもそれは必ずしも動物にとって好ましい状況にはなりませんでした。では食事という行為をとらずに、動物のエネルギーを摂取するにはどうするのか。

いうまでもなく、動物との愛のこもった交流によって動物のエネルギーを吸収することができます。動物と本当に接して、心から通じ合うことをやってみる。動物と愛の分かち合いをする。動物の言っている思いや気持ち、動物の感じていることが自分にも分かるようになる。こういうことを続けていくと、動物のエネルギーを自分のエネルギーとして使うことができるようになったり、自分はそのエネルギーを自由に操ったりすることができるようになります。

これは結果的に肉という、動物を摂取することによるエネルギー的な吸収能力よりもさらに好ましい影響を造り出していきます。肉を摂取するという行為は動物にとってあまり好ましい現実ではありませんでした。しかし動物と愛のある交流を分かち合うということは動物にとってとても好ましい環境になります。したがってもし肉を少しずつ抑えていこうという気持ちを持っている人がいれば、その分、動物と接する機会を増やす必要があるのです。

動物といっさい、接する機会がなく、動物に興味もなく、ましてや愛を感じないという人が、ただ肉を摂取することを止めてしまっても、実際には好ましいエネルギーにはならない場合があるのです。動物といっさい関わり合うことのない人は、そういう面においては、肉を摂取しても問題が少ないということになるのです。

同じように、鳥や魚においても、言うことはできます。鳥の肉を食べなくなった。そういう人は鳥を見たときに、鳥に思いを馳せ、今、あの鳥は何を考えているんだろう... 鳩と遊んでみる。魚と戯れてみる。実はこれが必要になるのです。鳥や魚と交わることをいっさい好ましく思っていない人は、鳥や魚の身を食べても、実際には混乱は多くはないということがあります。

そういう意味において、皆さん方が必要なのは、まず、エネルギーを取り入れるということ。でもそれは食事という行為が前提ではなく、いろんな方法があるということ。そして究極的には、愛の波動として自分が受け取り、自分が愛の波動を動物に与えていく。それによってお互いに生きることが可能になるということ。実はそれを理解していただきたいと思います。

今のは単に食事ということについてのエネルギー的な見方でした。いろんな面において、同じようなことがたくさんあります。クリスタルやいろんな石に興味を持つ。それは大地や地球との繋がりを意味したりします。ほとんど地球とのつながりがない仕事をしていて、毎日、機械的な作業しかできない人はクリスタルや宝石を身にして、地球との繋がりを常に感ずるということによって自分のエネルギーを正常に保つことができます。

人間はそういう意味において、いろんな生命や地球とのエネルギーのやりとりが必要になるのです。それがいちいち良いこととか、良くないこととの判断は必ずしもできません。その人間の進化レベルにおいて、いろんな選択肢があり、結果的に必要なことが行われていきます。

地球の木材や森林を次々と人間が伐採し、刈り上げていく。でもそれによって作られたいろんな木製の机や道具、家、これは人間にいろんな喜びを与えてくれるでしょう。したがって必ずしも木材や森林をただ荒らすだけ荒らして使うことが不幸という意味ではなく、人間がその喜びを感謝を持って受け入れるときにはあまり問題はないのです。したがって人間が木を伐採する以上に、感謝や喜びを持っていろんな道具を使いこなし、それらと共にいるときにはあまり問題は起こりません。感謝の気持ちをまったく抱くことなく、ただ伐採を続けていく場合には、確かにその木材は喜びを感じないかもしれません。

したがっていろんな現象をどういう観点でどのように見ていくか、によって評価がかなり変わってきます。人間一人ひとりの行動も同じことがいえます。単に行動を見ただけで、その人がどうだとか、そうすることはどうだとかいうことはまったくできません。どういう気持ちでそうするのか。その人の意識がどこにどう向かっているのか。それによってかなり変わってくるのです。

ほかの人の行動を論じたり、それを見るときに、三次元的な現象だけではなく、その人の心がどこに向かっているのか。その人から愛の波動がどれだけ感じられているのか。そういうところにもっともっと意識を向けて一人ひとりを見ていくようにしてみてください。


B現実の流れを自分のものにする

これからの流れが皆さん方にどのように現れてくるのか。すべてを信じて、本当に宇宙や地球と一体となって行動しようとする人は、細かな問題が起こったとしても、いずれは確実に地球と共に成長することができるでしょう。そこで演じられる小さなドラマはいずれにしても必要な経験であり、宇宙や地球と一体となろうとしているのに無視されて結局そういう現実が訪れたとかいう意味ではありません。地球や宇宙と一つになってもいろんな問題は常に体験されます。それは必要な経験なのです。

したがってそういう細かな現象にいちいち心を動かされたり、感情を動かされることなく、それを体験としてそのまま受け入れていく。それは自分にとって成長をもたらす必要なものであるということを信じて体験していく。常にそういう気持ちを持つようにしておいてください。そうすれば、現実は確実にあなた方のものになります。そしていずれは地球上で喜びを分かち合いながら、満足して生きている自分に分かることができるでしょう。

皆さん方が宇宙と地球を信じている限り、皆さん方は宇宙と地球からの愛を受け取ることができます。これからを生きるためにはそういう気持ちがまず必要になります。自分たちの思い、地球や宇宙と一つになってこれからを進めていくようにしていってください。



私たちが少し話をして終わりにいたします。これからの生き方が少しずつ変化してきて、あなた(Kさん)自身にとってもいろんな期待や楽しみが思い浮かんでいることでしょう。これまでは一定の流れの中で毎日を進めてきました。そしてそういう生き方が普通であったために、自分で現実を造るということが難しい状態にありました。でもあなたのエネルギーが少しずつ自由になり、意識も変化するにつれ、現実の造り方が大幅に変わってきました。

あなたがこういう現実を迎えることができるようになったのも、これまで自分なりに努力し、意識を変え、宇宙に焦点を合わせていた結果といえるでしょう。自分が信じて進んだことには必ずそれだけの結果が得られるのです。これからもそれを決して忘れることなく、自分は宇宙と共に、地球と共に生きていくということをしっかりと心に誓っておいてください。

これからの流れはあなたにとってまた新しい発見や体験がたくさん訪れてくるでしょう。でもそのどれを取っても今までになかった経験であり、今までの流れでは経験できないことばかりです。それはそれで喜びとして、学びとして純粋に受け取るようにしていってください。そして自分が自分の力で生きるということがどんなに大きな喜びをもたらすか。そして生きるということはどういうことなのか。その本当の意味が少しずつ、分かってくるでしょう。

毎日を生きるということが実際にはどれだけ楽しいことだったのか。いろんなことを考えていても、すぐに一日が終わってしまいます。一日を有効に使うということが今まで以上に大切になってくるのです。いろいろ決めたいことがたくさん出てくる。やってみたいことがいっぱい出てくる。毎日がとても早く進行する。有効に考え、早く結論を出し、どんどん作業を進めていく。そういうことがだんだん感じられてきます。

今までとは違う生き方、違う現実が次々とやってくるでしょう。でもそれもあなたが望んだ現実であり、あなたのエネルギーに応じて現れてきます。自分の造り出したエネルギーを信じて、自分の現実を楽しむやり方を身に着けていってください。私たちはここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)1999 CentralSun
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