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1998/12/22■月例セミナー[宇宙キリスト意識B]から

キリスト意識は身を投げ出して尽くす思い

@尽くす思いはキリスト意識の現れ

私たちはキリスト意識の現れを示すために一番相応しい形を造って皆さん方の前に現れてきました。キリスト意識が皆さん方一人ひとりにとってどういう意味があり、どういうつながりがあるのか。自分はキリスト意識と関係があるのだろうか。そこに今日はテーマを絞って話を進めていきたいと思います。多くの人にとってキリストという名前はとらえがたい概念であり、馴染みのない言葉でもあります。本来、日本人はキリストという概念を使わなくても子供のために一生懸命、尽くす、会社のために身を犠牲にして働く、家族のために自分が犠牲となって奉公する、一人ひとりにはそういうエネルギーが入っておりました。

日本人は本来、自分の身を犠牲にしてでも国のために捧げるというエネルギーがありました。これはキリスト意識の現れでもあります。ただ本当のキリスト意識と同じでないのは、心から発動されたものではなく、植え付けられたもの、押し付けられた概念として身についたものです。強制的にそうせざるを得ない環境が作られ、否応なしにそうせざるを得なくなってしまった。自分の身を捧げないと、家族全員が苦しんでしまう。それによって造られた概念でした。

日本にはそういう身を投げ出して尽くすというエネルギーが入っており、これはこれで日本人の特殊性を現しておりました。にもかかわらず、キリスト教が入ってきて、メシヤ思想が植え付けられ、一人ひとりの心にメシヤを求めるエネルギーが造られてきました。いずれ自分の罪も贖(あがな)ってくれる。最後にすべての罪を背負ってくれて自分は天国に行ける。これは人間にとってとても都合の良い話です。自分がどれだけ自分に嘘をつき、他を責めたとしても、最後は天国に入れる。こういう考えによってキリスト教が広がり、メシヤ思想も広がっていきました。

日本人の心に初めから入っていた尽くすというエネルギーが次第に消えていきました。人のために自分の身を捧げる、尽くすという思いが意味がなくなってきて、自分のために自分の好きなことをする、自分の都合のよいように生きていく、という波動が中心になっていきました。一生懸命、身を尽くすとか、真剣にその人のために捧げるという波動がだんだん消えていっています。身を犠牲にする。なぜ、そんな必要があるのだろう。そんなことをして、自分にどういう喜びがあるのだろう、と思う人が大半でしょう。

日本人が身に着けてきた尽くすというエネルギーは尽くすこと自体に喜びを感ずると同時に相手が本当に苦しんでいるのを和らげてあげる、相手が困っているのを楽にしてあげる、という意味があります。目の前で我が子が苦しんでいる、家庭が大変で困っている。何とかして救ってあげたい。自分は何ができるんだろう。最善を尽くして子供のために、家庭のために頑張ります。これは生きるというテーマに従って、とても大切なエネルギーを造り上げていきます。自分よりも他人を優先する。自分よりも家族を大切にする。これは日本人にとってとても大切なエネルギーでした。

このエネルギーが次第に次第に変化していき、今はほとんど消えかかってきております。人のために尽くしてどうなるのか。家族のために尽くして何が面白いのか。こういう価値観が広がっていき、自分だけ楽しければよい。自分だけ満足できればよいという状態に変わってきております。今、改めてキリスト意識を学ぼうとしております。世の中の流れとはある意味では逆行しているかもしれません。自分の好きなことをしなさい。自分が楽になることをしなさい。そう学んでいる最中に身を投げ出して人のために尽くしなさいという考え、これはある意味では反対のことといえるでしょう。皆さん方はまだまだいろんなことを学んでいく必要があります。

まず自分を知るということ。自分は何者であり、どこに向かうのか、今自分は何をすべきか。まずはそれを知ることです。それによって自分は今、自分だけ好きなことをしていればよい。自分勝手にやっていればよいという考えが変化していきます。やはり人と交わりを持ち、分かち合い、人間関係に意味があるということに気がついてきます。そしてほかの人の喜びが自分の喜びであり、ほかの人の成長が自分の成長であると気がついてきます。そして本当にほかの人に何とかして手助けしてあげたい。ほかの人が困っていると、何とかして協力してあげたい。こういう気持ちが湧いてきます。ほかの人が苦しんでいる。悩みを抱えている。自分は何ができるんだろう。自分ができることを一生懸命、考え、その人のために最善を尽くそうとします。

確かに相手は自分勝手に考えていたかもしれない。自分中心に行動したかもしれない。でも相手は今、困っている。何をしたらよいのか、困っている。自分はどうアドバイスできるんだろう。自分はどのように接したらよいのだろう。そこでキリスト意識が目覚めてきます。相手が本当に楽になるために、本当に解放されるために、自分はこういうアドバイスをしてあげよう、こういう風に接してあげよう。こういう気持ちがキリスト意識の始まりといえます。

今まで学んできたやり方は、自分は自分で好きなことをして、ほかの人がどういう行動をしていてもそのまま許してあげる。認めてあげるというやり方でした。それは確かに間違ってはおりません。でもその人が苦しんだり困ったりしているときに、自分はどうするのか。その人のカルマだからしようがない。自分で選んだエネルギーだから自分の所為。そう思ってただ見放してしまうのでしょうか。いわゆるニューエイジとして勉強している多くの人がこういう行動をとっております。前生のカルマだの、その人の学びだから、といって放っておきます。それが本当に正しい行動といえるでしょうか。

本当にその人が悩んで、困って、何とかして助けてほしいと訴えております。自分の所為、といって放っておくのでしょうか。ホンのわずかでも、何か手助けしてあげたい、楽になってほしいと思うときに、キリスト意識が流れてきて、その人のためにどう接するのか、どう働きかけるのかを流していきます。やはり一緒に考えて、一番良い方法を見つけ出そうとする。つらい心を慰めてあげて、楽にしてあげる。いろんなことをしようと思います。ただ日本人の中には、ただ甘えてすぐに人に相談したり、自分の話をただ聞いてもらいたいだけで悩みを打ち明ける人がおります。これはまた別問題となります。

そういう自分中心で、ただ悩みを口に出す人、キリスト意識が中々発動しない場合があるのです。いくら本人は真剣に訴え、悩んでいても、相手には伝わらないのです。したがってキリスト意識は本当に悩んでいる者、本当に苦しんでいる者に与えられる意識といえるでしょう。自分の心の中で、今までそういう悩んでいる人に対してどういう態度をとってきたのか、どういう接し方をしてきたのか、よく思い出してください。本当に何とかして協力してあげたい。少しでも良いから、その人が楽になる顔を見たい。そう思う自分があったならば、それは自分のキリスト意識です。

多くの人が道に迷い、行き先が分からず、悩んでおります。自分が何者で、どこに向かうのか。どうしたら光に出会えるのか、分からなくて分からなくて困っております。皆さん方はわずかでも光と接し、共に歩いています。分からない人をそのまま置いていくのでしょうか。彼らのカルマだといって無視していくのでしょうか。キリスト意識はそういう人々に投げかける光であり、本当に助けてあげよう、救ってあげようという気持ちから発動されるものです。

日本人の尽くすという思いにはこのエネルギーがかなり入っております。家が大変だから、自分はここで我慢しておこう。お父さんが大変だから、ここは言うことを聞いてあげよう。これもある意味ではキリスト意識の表れといえます。自分を犠牲にしてでも少し相手が楽になるのを見たい。相手が救われるのを見たいという思いから来ています。ただこれが強くなって、被害者的な意識が強くなったり、自分が我慢しているんだという思いを強くすると、逆に働いていきます。常に自分は抑えられること、我慢することが前提となってしまい、本当の動きができなくなってしまうのです。これがまた日本人の大きな特徴を示しています。初めから押さえ付けられたり、我慢する。こういうエネルギーがとても強いのです。ここがキリスト意識の表れと違います。

キリスト意識は必ずしも我慢するエネルギーではありません。自分を犠牲にするということと我慢するということはまったく違います。ただ状況によっては、堪え忍ぶことも必要となります。相手のことを考え、周りの状況を考えると、今、自分は堪え忍んでおかねばならない、という状況に出くわすこともあるでしょう。堪え忍ぶ、これもある意味では大切なことです。ただ自分を責めたり、自分が動けるときに、あえて自分を制限したりする必要はありません。その辺をよく理解しながら、尽くすという思いを成長させていけるように練習をしていってください。


A挨拶

今、話されたように、キリスト意識は身を投げ出しても相手のために尽くすという思いがあります。これは今まで体験していない人にとっては、まったくできない行動かもしれません。自分の身を投げ出して尽くすということに抵抗を感ずる人もいるでしょう。それは偽善だとか、見せ掛けだとか言う人もいるかもしれません。相手がどう思おうとも、自分は本当にその人のために何かしてあげたい、その人の喜ぶ顔が見たい、本当にそう思うときがあります。その正直な気持ちだけを常に持っておくようにしてください。

私たちは皆さん方との繋がりを造るために、少し準備をしてからまた続きを始めます。それでは少し、休憩をとります。ありがとうございました。


Bキリスト意識の目覚め

あなた(Chieさん)のハートの中に宇宙の大いなる使命が隠されており、その使命を全うすべく、新たなる波動に変わりつつあります。あなたの心からの願いがキリスト意識を招き入れ、あなたの活動を支援しようとしています。キリスト意識がハートに流れ込み、心からの動きを援助しようとしております。自分の心の中で、自分の行動が正しいかどうか、自分が本来のあるべきことをしているかどうか、と迷っているときに、キリスト意識があなたに常に囁きかけております。

キリスト意識があなたに接するとき、あなたは自分が少しでも間違わないように、ちゃんとやるようにという思いを身に着けていきます。そして自分なりにしっかり考え、正しくあるように動き出していきます。自分の心の中にキリスト意識が明確に造られていき、自分自身の行動に影響を与えていくでしょう。大いなる大いなる仲間たちがあなたとともに活動し、あなたの体を使って役割を演じていきます。キリスト意識をうまく活用してあなたの行動に結びつけていってください。


あなた(Akiさん)の心の中にあるイライラする気持ち、ムカムカする気持ち、そして自分を責めてしまう気持ち、こういう波動は自分の成長に結びつかず、自分自身をうまくコントロールできない状態にもなります。あなたが真剣に自分の進むべき道を歩もうという気持ちがない限り、あなたも自分を光の道に導くことができなくなってしまいます。あなた自身を光に導くのはあなた自身であり、あなたの心の中の光があなたを招いております。自分が何であるのか、自分はどこへ向かうのか、自分についてもっともっと理解を深め、自分の手で自分を知ることからすべてが始まっていきます。自分についての学びを決して疎かにせず、丁寧に丁寧に自分を探り出し、自分の手で自分を歩かせるように意識を変えていってください。

キリスト意識はあなたが自分に目覚めた段階であなたに囁きかけるでしょう。あなたが救いを求めない限り、キリスト意識は直接、現すことはできません。自分の手ですべてを引き出すように意識を変えていってください。


あなた(Izuさん)はもう十分にキリストとなり、人のために尽くし、役割を演じてきた。あなたは既にキリストであり、人のために身を尽くすぐらいの力を備えている。あまりにも身を捧げたために、自分がつらく、自分が何をしているのかも分からない時期があった。キリストは常にあなたと共にあり、人々が救いを出す限り、あなたから波動が出ていく。あなたは多くの悩める者に愛を与え、慈悲を与えていくであろう。キリストが根本にある限り、あなたから出てくる愛や慈悲は常に人のために役に立つ。自らの強い力を信じ、キリストの偉大さを肌で感じ、尽くすことの大切さを具現化していっていただきたい。これからの時代にとって、あなたの存在はとても大切であり、なくてはならない体である。自分の身を大切にしながら、キリスト意識と共に活動していってほしい。


あなた(Mitsuさん)のハートにキリスト意識が目覚めつつある。自分を大切にし、自分のあるがままを表そうとしている。自分はどうなるのか、自分をもっと輝かせたい、あなたのそういう意識がキリスト意識を目覚めさせつつある。自分を大切にし、自分についてしっかりした生き方をしていくうちに、自分についての生き方がもっともっとスムーズに動くようになっていくだろう。自分を大切にして、自分の生き方が完成するにつれ、キリスト意識が次第に力を発揮し、もっといろんなことを一生懸命やる、しっかりやるという風に強くなっていきます。あなた自身を救おうとしていろんなものにやる気が出てくるような感覚が湧いてくる。今、キリスト意識はあなたの中に目覚めようとしている。自分の心にもっと正直にあるがまま行動し、自分らしい生き方を行なっていくように。


あなた(Yukoさん)のハートの中にとても輝いている星がある。あなたはその星を頼りにして今まで自分らしさを保ってきた。自分が自分であるためにその星を信じ、その星をひたすら輝かせようとしてきた。あなたの中で光り輝いていたのは、あなた自身をしっかりと導こうとする輝きのシンボルである。自分が自分であるために、自分が見失わないように、ひたすらあなたの中で輝いていた。あなたはその輝きをこれからどのように使っていくのか。自分はこれで良いと思っていたこと、これが正しいと思っていたこと、それが必ずしも相手には正しくないということが次第に分かってきている。自分の真なる光が相手には真ではないということが分かってきた。

あなたはその光の使い方を変えていく必要がある。自分にとっての真実の光は自分だけのものであり、ほかの人にはほかの人に相応しい輝きが必要であるということ。ほかの人のことをよく考え、その人に相応しい光は何であるのか。その人を本当に輝かせてあげたい。本当にその人に必要な輝きがほしい。そう心から感じたときに、あなたの内なるキリスト意識が目覚めてくるだろう。そして本当にその人に相応しい波動があなたの体を通じて相手に流れていく。あなた自身の活動がそれから始まる。まず相手にとって相応しい光は何であるのか。相手はどういう光を願っているのか。それを常に考える練習をしていってほしい。


あなた(Yoshiさん)のハートにあなた自身が造り上げてきた素晴らしい光があります。あなたがいろんな状況にあっても頑張り、耐えてきた光です。そこで自分ががんばり、我慢してその場をうまく持っていかせようという気持ち、自分が耐えることによってうまく持っていかせようという思い、その根本にある光です。これはあなた自身を強くさせ、あなた自身を見失わないように導いてきた光です。あなたをずっと導いていたこの光はあなたが小さいころに造り上げたキリストからの波動です。あなた自身が自分をしっかりさせ、自分は自分で生きる、自分は頑張って生きるという思いを造り上げました。あなたの思いに従ってキリストの光が流れてきて、あなたの心の中に造り上げていきました。あなたはそれ以来、自分は常に自分であるために、自分のやり方で自分を見失わないようにやってきました。

あなたの心の中の光が次第に次第に成長し、自分は自分のペースで、自分で生きることができるようになってきました。今、その光が新たなる光へ変わろうとしております。自分自身がより満足し、自分の家族も自分の周りの人々も救われ、うまくいくように、あなたの光が届くようになろうとしております。あなたは自分の光を使って何とか周りの者も家族の者も救われ、自分を忘れないように、自分の道を歩けるように援助しようとしております。あなたのその輝き、大いなるキリストと共にこれからも輝き続けるでしょう。自分の心の中の光を信じて、自分の行動をしっかりしたものに造り上げていってください。


あなた(Sumiさん)は自分の身を犠牲にするということが役割であり、それ自体が自分の生き方であると信じてきました。尽くすということ、自分の身を犠牲にするということ、あなたはそれが尊いものであり、それは自分の生き様であると感じてきました。あなたにとって身を犠牲にするということは当たり前のことであり、自分の本来の生き方であると感じてきました。私たちはあなたにだけは反対のことを言う必要があります。自分を救うということは自分が解放されるということです。あなたがつらい思いをしながら、身を犠牲にするのは本来のキリスト意識とは違います。キリスト意識は犠牲にしたことを後悔しません。自分を責めたり、相手を責めることもありません。身を犠牲にするということをいちいち口実にすることもないのです。

あなたは身を犠牲にしながら、自分の人生を常に疑問に思い、これで良いのかどうかを考えてきました。今、あなたに必要なのは、自分はどこまでしっかり表現し、自分の本来はどういう生き様なのか。自分はどうやって人と接していくのか。その根本のところにあります。身を犠牲にすることは尊いことであり、それ自体は否定されるものではありません。でもそこに自分の喜びがどこまで入っているか。あなた自身の喜びがどこまであるのか。自分がつらく、自分がイヤになってばかりいては本来のキリスト意識とはつながりません。

しかしあなたはもう十分にキリスト意識を受け入れており、尽くそうという思いがあります。あまりにも尽くそう、人のために役立とういう思いが強すぎて、また自分を見失っております。したがって今、あなたに必要なのは自分自身を救うキリスト意識です。あなた自身を救うキリスト意識を早く造り上げ、自分の手で自分を救い出す。あなたの生き方をあなたのものにする。このキリスト意識が必要です。これからは自分自身を自分の手で造り出す、自分がしっかり生きる、そこを造り上げていき、自分が自分の生き方に満足できるように意識を変えていってください。


あなた(Yukiさん)の大切な光、これまでずっと信じてきた内なる光、今これが大幅に変わってきております。自分の信じていたもの、自分の造り上げてきた光、今それが救われようとしております。自分にとっての真実が何であったのか、自分にとっての光は何であったのか、今それにしっかりと意識が戻りつつあります。あなたが今、ここにやってきているのも、あなた自身の内なる叫びであり、自分がしっかりせねばならないという思いから発動されたものです。自分はこのままで良いんだろうか、自分はこうやっていて良いんだろうか、そこからキリスト意識が呼び出され、あなたの心の中で囁きかけてきました。そしてあなたは自分を見直し、自分について考え直し、自分の新たな人生を造り上げようとしております。

キリスト意識があなたの心にあなたがあなたであるためにいろんな情報を送り届けております。あなたは一つひとつを受け取り、自分のやるべきことが分かるようになってきております。しばらくは自分のためにキリスト意識を使い、まず自分がしっかりするようにもっていってください。そのうちに少しずつ人との繋がりが現れてきて、あなたに必要な人間がうまく近づいてきて、ほかの人に対してのキリスト意識の表れが見えるようになっていくでしょう。焦ることなく、ゆっくり自分のペースで自分の光を変えていく練習を続けていってください。


あなた(Miyaさん)の心の中の輝きの中に、あなたがしっかり生きている、自分はしっかりやっていく、という思いがあります。今までのいろんな現実の中で、いろんな人に動かされ、いろんな状況に巡り合い、その都度、自分について考える状況がありました。自分はどうしてこうなるのか、なぜいろんな人に振り回されるのか、いろんな流れの中で自分について考え、自分をしっかりと持っていきたいという思いが出来上がってきました。あなたがしっかりしたい、もうごまかされない、こういう思いを強くして、あなたの中にキリスト意識が次第にやってきました。あなたは自分であるために、自分を導こうとするキリスト意識を造り上げつつあります。まだまだ自分について悩み、疑問を感じ、右往左往することもあるでしょう。でもその経験を繰り返し、次第に次第に自分について自信が湧いてきて、自分のあるべき姿が見えてきます。

それはすべてキリスト意識の表れであり、あなたが自分でありたいという思いから造られております。あなたがそうやって自分についての確かさを身に着け、やり方が完成されたときに、あなたの中の輝ける光が完全に大きく大きく変化し、新たなる波動へと導いていくでしょう。あなたの人生の中で、今、自分にとって一番大切な時期であり、自分を見失わないためにも今、ここでしっかりと身に着けていく。自分の在り方を自分のものにしていく。そういう時期であるというのをしっかりと覚えておいてください。


大いなる大いなるキリストがあなた(Taeさん)を包み込んでいきます。あなたの思う気持ち、役に立ちたい、自分も何かしてあげたい、という思いがキリストを集めております。自分に何ができるか分からない。でも何かやりたい。自分の体が役に立つのであれば、自分を使ってほしい。あなたのその思いでキリストがやってきております。キリストはあなたの体を借りて、人々を優しく包み込むでしょう。あなたの体を借りて、人々に優しさを与えていくでしょう。あなたがそういう思う気持ちを持っている限り、あなたの体を通してキリストは現れていきます。

キリストを自分の仲間としてこれからも活動するようにしていってください。


Cとにかく人に尽くすことを実践してみること

私たちはこの3回のワークでいろんな人と繋がりを造り、皆さん方と共に時間を過ごせたのをとても嬉しく思っています。一人ひとりの心には元々人を思う気持ち、自分を大切にする気持ちがあります。そして本当に人のために身を投げ出したり、自分の力を尽くしたいという思いの強い人もおります。皆、その程度は違っても、キリスト意識の現れであり、十分に私たちの仲間です。いちいちこれは自分のエゴなのかどうか、これは偽善なのかどうか、と迷う人もいるかもしれません。でも初めのうちはあまりいちいちこだわらずに、とにかくやってみてください。自分がその人のために、何か助けとなるものであれば、一生懸命、やってあげる、一生懸命尽くしてあげる。どんどんやってみてください。自分がほかの人から同じようなことをされたときに、もし不快感を感じたのであれば、自分のやったことは相手に不快感を与えたかもしれない。この次はもっと分からないように、優しくやろう。この次はもっと自然に大人しくやろう。そういう風に自分で考えていくでしょう。

初めからいちいち限定せずに、まずどんどんやってみて、そこから少しずつ修正するやり方を身に着けていってください。皆さん方がそうやってお互いに協力し合いながら、キリスト意識でまず自分を救い、自分が自分であるために自分の生き方を思いだし、それを具現化していく。次に家族や友人たちに自然と具現化していく。そうやってゆっくりゆっくり次第にキリスト意識が広がっていく。そういうやり方でキリスト意識の拡大を具現化するようにもっていってください。皆さん方と共に過ごせたことをとても喜びとしております。

イエスやサナンダの挨拶がなかったかもしれませんが、ここにはすでにいろんな仲間が来ており、皆さん方の話もずっと聞いております。固有名詞にこだわらずに、皆さん方自身がキリストとして、イエスの仲間として活動できているのを信じながら、これからも進めていってください。それではありがとうございました。


(c)1998 CentralSun
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