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2008/7/21 月曜交流会

人間にかかわる現象

@怪我から

私たちは怪我という波動を保持しているエネルギーです。怪我という名称は人間が付けたものであり、本来私たちに怪我という名前は付いておりません。私たちが宇宙で呼ばれている名前は、成長において軌道修正をさせるもの、あるいは一時的な現象を見届けるものという名前が付けられております。

一人ひとり、自分の意志を持って行動を始める時、一人ひとりの意志による行動の現れと自分でつくった流れというエネルギーの中で、自分の歩むべき流れと意志による現れが噛み合わなくなった時、そこに何らかの違いを現す現象が起こってきます。例えば、毎日の流れの中で今日はどこかの場所に行って必要なエネルギーを獲得し、自分の生命の中に取り込んでくる、こういう流れが決まっている時、自分自身が意志を持ってそこに行き必要なエネルギーを取り入れ、そして自分のものとする、これは普通の流れになり、これ自身は問題はありません。

しかし決められた流れがありながら自分の意志によってそれを行なわなかった、取り入れるべきものを取り入れなかった、あるいは別のものを取り入れて必要なものを取り入れなかった、そうするとそこにそれを現す現象が体に起こってきます。どこかに行って何かを手にしてエネルギーを取り入れる、これが行なわれなかった場合、そこに行ってもそれを行動しなかった場合とか、そもそもそこに行かなかったという場合、いろんな理由によって現象が変わってきます。

そもそもそこに行かなかった、その時にいわゆる足という部分に現象が起こってきます。そこに行ったにもかかわらず必要なものを手に入れなかった、これは足を根本的な地球との接点、足首以下、あるいは足そのものという場所に現れてきます。また、現実そのものを否定した、エネルギーを取り入れたけれどもその現実を認めなかった、快く思わなかった、という時には腰という部分に現れてきます。

それぞれの受け入れ方、体験の仕方により、現れや意味が異なってきます。また、そこに行くべきところに行こうと思ってしっかりと計画をし準備をしながら行かなかった、これは自分の意志の弱さなのか、それとも何らかの別の理由なのか、またそれによってすべてが変わってきます。

しかし十分に準備をし予定を立てていながら実行できなかった場合、それは現実面の弱さとして下腹部全般にいろんな症状が現れてきます。自分のなすべきものを全うせずに、それを勝手な理由を付けて正当化したり、あるいはなかったことにして書き換えてしまう、過去を変えてしまうという現象が起こった時、左足の部分に現れてきます。

自分自身のその時その時の思いや、意識の持ち方によって体にいろんな現象が起こってきます。この体の反応が必ずしもすべての人に同じように共通に現れるわけではありません。人によってすべて認識の差があり、とらえ方の差があり、判断の仕方も異なるために、現れる現象はすべて異なってきます。

同時に同じことを体験したとしても、受け取り方や見方が異なるために体に現れる現象は異なってきます。しかし一般に怪我という現象で明らかに自覚できる状態の症状が起きた時には、かなり流れを左右する大きな変化が生じたことを意味します。普通の単なる思いや好み、感情的なものや雰囲気でしたくないとか、これをやりたいとかいう程度の思いであれば、かならずしも直ちに肉体に現れることはありません。

それくらいのことはごく普通のことであり、あえて肉体に現す必要はありません。肉体に現れる現象は一般にかなり流れを変えなければならないもの、流れが変わったことを現してこれまでとは違う思いを持たせることを訴えております。したがって自分の体に何らかの異常が起きた場合、それに耳を傾けることは必要なことと言えます。

何らかのメッセージであり、何かを変えなければならない、何かをやり直さなければならないという意味が入っております。一般に怪我という場合、どこかにぶつけたり、あるいは無茶をして傷を付けてしまう、こういうことがよくあります。手に傷を付ける、足に怪我をする、これはよく行なわれる現象であり、ある意味では珍しくないと言えます。

手が怪我をする、これは人とのかかわりにおいて何らかのエネルギーの異常が起こり、適当な人間関係がうまく続かなかったことを意味します。体の一般的な部分に何らかの怪我が感じられる、これは主に自分自身のことを現すことが普通になります。自分に対しての思い、自分をどのように認識しているか、自分としての人間をどのように理解しているか、その認識の仕方を示すことが普通になります。

怪我という現象は人間に気付いて欲しい、分かって欲しいという意味で現れてきます。したがって何らかの怪我をした時、そこに意識を向け原因を見つけようとする、またそれを直すためにいろんなことをやってみる、それによって怪我を早く治そうとし、原因を取り除こうとします。これはとても良い方法ですが、それですべてが完全に戻るわけではありません。

流れが何か変わるとそれに伴って次々と別の流れが変わってくる場合があります。一つのやらないことが次々と伝播していき、他のものにも大きな影響を与えていきます。どれだけ大きな影響を与えていくのかがいわゆる怪我の大きさ、治るまでの時間となって現れてきます。一般に治るまでの時間が長くなると、それにその怪我によって影響を受けたものがかなりいろんなものがあるということを意味します。怪我というシステム、これも一つのエネルギーであり、これをどう使うかによってその人の治り具合や体を維持するというやり方が変化していきます。


A病気から

私は病気というエネルギーです。病気という名前が付けられ、私たちは多くの人間から厄介なものとして扱われています。病気が悪いという認識はやめた方が良いでしょう。皆さん方の中に不都合を好む波動があり、その不都合の度合いによって私たちが呼ばれていきます。不都合なこと、それぞれの意識の中で不都合な現象が起こる、自分の所為ではないとか、納得できないとか、嫌な思いとか、そういったものを強く持ち、かなりの大きな強いレベルになった時、私たちがそこに呼ばれていき、そういう心の状況を現していきます。

病気として呼ばれていくと、皆さん方の何らかの病気をつくらせる波動が動いていきます。そしてその後に皆さん方が実際に病気のエネルギーを受け取っていき、病気という現象が体験されていきます。病気というシステムは皆さん方が自分をないがしろにし、他のものをうまく使ってすぐに結果を出す、すぐに満足をする、こういったことによって起こされていきます。

したがって人それぞれの病気になるメカニズムが異なってきて、普通病気の場合はいくら治してもいくら治療してもまた同じような病気を繰り返していきます。根本的な考え方、根本的な認識の仕方が変わらない限り、この波動も変わることはありません。したがってどうしても無理なときにはいわゆる病院というところで治してもらう必要があります。


一人ひとりのエネルギーを見た時、

Jun-ichiさんの波動を見た時、あなたの場合は現実をつくる流れにおいて、与えられた現実を好みで反射させてしまったり、うまく吸収できないで合理的に解決しようとするところがあります。これは体の中である意味では理解すべきことがまだ残っている、自分なりの収容が必要であるということを現していきます。体に現れる現象としては自分がそれを認めたくない、認めないという意識によって自分自身に目を向かせるような怪我や病気が起こされていきます。自分自身に気付かせる、それは自分の体の核となっている部分に意識を向ける、そしてそこと地球や神との繋がりを認識し、神の波動を自分が身に付けることがいかに大事かが自分に流されてきます。自分自身の怪我や病気をうまくコントロールするには、自分の体の中で正しいと思っているもの、納得できると思っているものをよく分析して、その分析の仕方を自分で少し工夫して考えてみるやり方があります。自分なりに正しい良いと思っていたことを少しよく考えてみる、本当に正しいのか、本当に良いのか、それを分析して素直に自分の本当の思いを見つけたり、他人と繋がる本当のやり方を身に付けた時に、病気や怪我というものが必要なくなってきます。もし自分の体に何か異常が現れた時そこをよく分析してみて、少しでもそれらの影響を受けないような工夫をしてみてください。

Namikoさんの波動を見た時、あなたの体に自分自身の存在を認めてもらう、あるいはしっかりと分かってもらうという波動があります。自分を〜〜〜(よく聞き取れず、以下同じ)であり、あなたを強く〜〜〜でしょう。しかしそれをあまりにも強く〜〜〜と、用意されている自分が歩もうとしているもののズレが生じてきて、やるべきことが達成できないまま終わってしまったり、本来のやるべきことに意識がいかなかったりしていきます。それが足の部分に現れてきます。もし足の部分に怪我をする時、自分自身は確かに足は大事であり地球との繋がりが重要だと〜、やはり最終的にはハートで〜〜、ハートで〜〜、常にこれを忘れず意識していき、自分の人生の中にこれらが納得できるように波動を入れていってください。

Ruriさんのエネルギーを見た時、怪我と病気という波動では、怪我としてはむしろあまり強い怪我で苦しめるということは起こらずに、ある意味ではただ気付くだけで治ったり、あるいはそこに至るまでに修正できる波動があります。しかし病気という波動で見た時、自分を否定したり苦しめる傾向があるために、それが病気の現象をつくり上げていきます。したがって怪我をするというより病気という流れの方が現れやすくなり、自分自身をつい価値を低くしてしまう、自分自身の思いを認めることができなくなってしまう、それによってそれを理解させる現象が病気となって現れてきます。まず自分自身の存在をしっかりと意識し、すべての体の部分をすべて認める、そして本来の正しい光を流している、常にこれを忘れることなく自分のすべてを受け入れるようにしていくと、病気の波動が大きく変化していくでしょう。

Akemiさんのエネルギーを見た時、あなたの場合はむしろ怪我をする波動の方が現れやすい波動になっています。いろんなところにおいて他人との関係や、人間関係において本来の流れと自分の意志の現実が噛み合わないところが出てきて、それによって必要なものが入らなかった、必要なものが獲得できなかったという現象が起こり、それが体の中に現れてきます。思ってもいない現象が体に現れたり、願っていないことが現れてきたりします。自分自身の本来の流れを理解し、スムーズな意識を持てるようにすると自分の思いも変化していきます。自分自身を正しい流れに維持するために、本来の自分が何を求めているのか、本来の自分がどこに向かおうとしているのか、常にそれを認識しようとして、そしてそれをうまく活用できるようにしていってください。

皆さん方の怪我や病気について見てみました。実際には一人ひとりのいろんな事情があり、確かに遺伝的なものや小さい頃からのエネルギーの使い方、身近にいる人のエネルギーを自分が引き受ける場合もあったりします。したがって単純な理由で病気や怪我が解明できるわけではありません。

むしろいろんな人との現われが怪我となった見られる場合があるために、自分だけの怪我とも思わないようにしておいてください。それによって少しずつ地球が良い方向へと向かっている、常にそれを信じて自分の体を大切にするようにしてください。皆さん方の怪我や病気に対するエネルギーが少しでも皆さんの意識によって理解され、正しい波動として体で使えるように怪我や病気にコントロールできるエネルギーを流していきます。体でエネルギーを感じ、もし意識している怪我や病気の部分があればそこにこのエネルギーを流していってください。


B生命の喜び

少しだけお話をして休憩を取ります、少し生命についてお話をいたします。皆さん方一人ひとりも生命の現れであり、今は人間としての形態をまとって生命活動を続けております。生命を維持するために体という組織をつくり、体の中で生命を味わっています。これからも肉体という体に限定されずにいろんな生命を体で感ずることができるようになるでしょう。

人間という形態が必ずしもすべてではなく、いろんな形態を学ぶことができます。しかし人間という形態はかなり特殊でいろんな波動を持っており、いつでもいろんなことができるように仕組まれています。したがってこの肉体を手にしている時、人間として生きている時、いろんなことをやっていろんな次元世界と繋がってみる、いろんな方法によって自分にはないいろんなものを獲得していく、そうやって生命が続いております。

常にいろんな生命を取り入れ、これまでとは違う自分をつくり上げていく、そこに意識を向けて新たなる生命の喜びを入れていってください。それではここで休憩にいたします、ありがとうございました。


C地球と人間とのかかわり

私たちはこの地球において人間とのかかわりを見ている仲間たちです。皆さん方が感じている病や怪我、災害という現象において、一人ひとりが心でつくり出すものと、人間という集合レベルでつくり出すもの、あるいは宇宙の流れにおいてつくられるもの、いろんなものが原因となって現れてきます。したがって一つの言葉だけですべてが理解できるわけではありません。

大まかにいろんな原因と理由を説明したとしても一人ひとりに当てはめる場合には、必ずしもその法則通りに現象化するわけではないということを理解しておいてください。一般に災害という現象はそこの土地に現れている人間がつくり出した想念、あるいは感情や歴史的なものが原因となっており、それを浄化したり、新しい波動に変えるために自然現象がつくられていきます。

一人ひとりの人間のエネルギーを見ても、これまで地球に何を行なってきたか、他の人に何を行なってきたか、また家族や会社、社会的なものに何を行なってきたか、それによって怪我となったり、病気となったり、あるいは災害のように現れてきます。対人間関係で行なわれるものには単純に他の人から文句を言われる、悪口を言われる、あるいは暴力的な行為を受ける、そういう風にして現れてきます。

地球に対して何か本来の正しいエネルギーを使わなかった場合、例えば、地球としての生命を破壊するような行為をとったり、愛のないとても辛いエネルギーを地球に与えた場合、それは自分に災害や天災のように戻ってきます。会社やある組織、人間のつくり出した一つの場に対して何か愛のない行為、生命を止めるような行為を行なった時に、そこから自分に戻ってきていわゆるクビになったり、何らかの犠牲になったり、その組織や会社から個人的な攻撃を受ける、非難される、そういった現象として現れてきます。

したがって日常生活において何が病気で、何が怪我で、何が災害で、何が自分にとって良くないことなのか、これをいちいち区別するのはとても難しい状況であり、普通はこういったものがいろいろ複雑に絡み合って同時に現れてきます。怪我だけとか、災害だけとかいうわけではなく、災害に乗じて怪我が悪化したり、災害を転機にして病気になったり、友達との人間関係が悪くなってから急に怪我をし始めたり、いろんなことが同時に起こってきます。

したがって個別にいちいち考えるよりも、その時その時において自分の意識の持ち方、他の人に対して、地球や家族、会社や社会全般に対してどのような愛のある行為を取っていたかどうか、あるいは愛のない行為をどこで出してしまったか、それを理解する方が重要と言えるでしょう。また一般にそうやって自分に災害や病気、怪我となって現れてきた場合でも否定的に思うことだけはしないようにしておいてください。

自分の何らかのエネルギーが戻ってきただけであり、そうやって教えてくれたことに感謝をする、教えてくれた神々に対しお礼を申し上げる、そうやって前向きに肯定的に受け入れていくと、病気はほとんど起こらなくなっていきます。それを否定的に取ったり自分は悪くないのにこういう目に合ってしまったとか、逆にこれがだめで私はいつもこうなんだ、すべてそういう風に自分がだめである、あるいは周りがだめであるという意識を持っていくと、常に災害や病気が続くことになってしまいます。

怪我や病気、災害といったものを否定的なものと思わずに、単なる現象として大きな観点でとらえていく、自分の身に起こる場合でさえも否定的にとらえずに、因果応報として単純に出したエネルギーが戻ってきている、この次からはもう他の人に地球や社会に対しても否定的な言動を取らずに良い考え、良い行ない、周りが楽しくなり周りが良くなるような言動を常に取っていく、そういう意識を持っていくだけでかなり病気は減ってきます。

ただやはりいくら意識をしっかり持っていたとしても、エネルギー的にそれを受け入れやすい体質の人、エネルギー的に呼び込みやすい体質の人は、やはり意志を強くして、自分のオーラの中は自分のエネルギーだけでしっかりと保つ、自分と好ましくないエネルギーは体の中にいっさい入れないというしっかりしたエネルギーの使い方も必要になってくるでしょう。

しかしまずは初めに意識として、病や怪我を否定的に思わずに単なる現象として理解していく、まずはそういう意識の持ち方を練習するようにしていってください。それではここまでにいたします、ありがとうございました。


(c)2008 CentralSun
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