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2005/9/26■月曜交流会から

ただそのままでよい、ことはない

@人生自体には幸も不幸もない

私たちは光のハイアラーキーとしてお話をいたします。自分の人生の目的が何であるのか、何の為に生まれてきたのか、自分のやりたいことがまだ分からない、こういう言葉を口に出す人がたくさんおります。何故そういう言葉が口から出てくるのでしょう。自分の与えられた使命を理解して、それをやったら満足できる、あるいはそれをやることによって合格点がもらえる、もしそういう感覚で目的を探しているのであればおそらく何も実りのない人生になるでしょう。

自分が何の為に生まれてきたのか、それを聞いて言われた通りのことをやっていく、そういう人生のつくり方は一切なされておりません。確かに人生には意味があります。確かにやるべきこともあるでしょう。だからといって与えられたことだけをやることによって合格点がもらえるということは一切ありません。

皆さん方の人生は皆さん方が自分でつくるものであり、自分でこれから一つひとつ積み重ねていくものです。多くの人がまだまだ宗教的な考えに取り付かれており、自分の人生そのものが宗教の延長になっているのです。何かうまくいかなければカルマの所為、過去世の所為、何かの因縁、すべてそういう風に結びつけてしまい、自分には責任がないかのように解釈する。

何かうまくいかないことがあると場が悪いとか、まだ時期ではないとか、宇宙が許可していないから、勝手な理屈をつけてその場を正当化していく、もう皆さん方はそういう意識を変える必要があります。すべてに意味がある、確かにこれはそうです。今日ここに来ている人々、確かに意味があります。しかしだからといって皆さん方が思っているような意味にはまったくなりません。

この四人が何かの縁があるとか、こういう約束をしていたとか、エネルギーのバランスを取るために必要とか、そんな妄想はまったく役に立ちません。もっともっとスピリットのレベルで考えなければ分からない意味になります。しかしそういったことを皆さん方に言おうとしても皆さん方の頭の中にはそれを解釈できる鍵が一つもないために、結局は単に意味があるということだけで済ましたり、あるいは宗教的な考え方で解釈したとしても、まぁそれで良いでしょうという風に相槌を打っておくでしょう。

しかし何でもかんでも宗教的な解釈でその場を理解してすべて自分の行動を正当化するのはもう終わりの時代に来ています。与えられたものすべてが必要ですべてに意味があり、すべてそのままで良い、これはこれまでの時代に合った生き方としてうまくやっていける方法として有り得ましたが、もうその時代は終わりをとげ、新しい時代に入ってきています。

これからの新しい時代においては何でもかんでも受身でそのまま合わせておくとか、流れの通りにしておくという生き方だけでは必ずしも自分の人生を楽しむことはできません。もし、マスターや天使がすべて与えられた場の中で何一つ工夫もせず、努力もせず、ただ与えられたものをそのまま受け入れていたとしたら、はたして皆さん方はこの流れをどのように切り抜けていくでしょう。

いろんな事態が次々と地球を襲っている中であれも良し、これも良しといってすべての現象をマスターが受け入れていたら、地球はとっくの前に崩壊しております。多くの人間が発する破壊的なエネルギーはとても強く、自分たちを守ろうとするエネルギーの数百倍ものパワーで破壊をつくり出していきます。

そのままで良いのよとか、これですべて良しという風にすべてを受け入れていくと地球は破壊する一方になってしまいます。一人ひとり自分が一日の生活の中でどういう波動をどういうエネルギーを他に発しているのかをよく理解してみる必要があります。本当に他者の平和のための波動を出しているのかどうか、地球が幸せに愛と平和に進んでいる方向へと波動を出しているのかどうか、あるいは自分を否定したり人間関係を否定する破壊のエネルギーばかり出していないかどうか。

すべて良しとか、そのままで良しとかいっている人はこれらの破壊のエネルギーがただ蔓延り、他者を傷つけていてもそのままにしているだけのことです。神やマスターがそれを許すということはそんなに続くわけではありません。今地球のサイクルは変わり、新たなるサイクルに変わろうとしている時、もうそういう波動ばかり出している人は新しいサイクルには向うのが難しくなっていくでしょう。

これから地球が入るサイクルにおいてはあくまでも自らの流れは自らでつくり、自ら光を発し、自ら他の人へと愛を広げていく、そういう人たちのみが生かされる流れへと変わっていくのです。いつまでも他人に縋りついたり、他人の所為にしたり、自分のパワーを弱めている人はこれからのサイクルには中々入れなくなっていくのです。

今自分が本当に何をなすべきか、自分が今するべきことは何であるのか、一人ひとりがはっきり理解する時期にあります。いろんな学びをする中において自分はどの学びをすれば良いのか、いろんな流れの中で自分が信ずるべきものが何であるのか、分からなくなっている人もいるでしょう。こういう学びをすることが本当に必要なのかどうか、こういう学びをしなくても日常生活においてただ良いことだけをやっているだけでも十分ではないか、難しいことを知らなくても常に優しく、親切な行動を取るだけでも十分ではないか、そう考える人もたくさんいるでしょう。

今はっきりと皆さん方に言わねばなりません。もうそういう時代は過ぎ去ったのです。ただ単に良いことだけを考え、ただ幸せな日々を過ごす、そういう時期がずっと続くことはないでしょう。皆さん方は今いろんなことを理解し、まだまだ分からず苦しみ、悩んでいる人に手助けをする必要があるのです。まだまだ人生そのもの、人間そのものを知らずに悩んでいる人、苦しんでいる人がたくさんいるのです。

しかしその苦しんでいる人、悩んでいる人でも皆さん方のほんのちょっとしたヒント、ほんのちょっとした一言がその人の流れを大きく変え、場合によってはそれによってはっきりと人生を理解し、どんどん強い光を発揮していける人がたくさんまだまだいるのです。皆さん方の言葉によって目覚め強くなれる人がたくさんまだ眠っているのです。皆さん方はそういう人々に何らかのきっかけを与え、目覚めさせていく必要があります。

確かに自分の幸せを求めるのは良いでしょう。自分自身がもっともっとある意味では楽な生き方をしたいと思うことは確かに理解できます。でももうそういう時代は終わっているのです。今地球が今後大きな大きな変動を目前にしている段階において、自分一人だけ楽に幸せに生きるという流れは有り得ないのです。これから地球で何が起こるのか、今自分たちはどこに向っているのか、それをはっきりと理解できた時、自分が日常をただ平和や幸せを願うことがどれだけ多くの人を眠ったままにさらしておくのか、気付くべき人がいるにも関らずそのまま放っておくのか、それを理解できた時、自分についてもっともっといろんなことを考える時期に入っていくでしょう。

今この地球においてはまだまだ困難を要する状況があちこちにあり、とても平和な社会とか、手放しで喜べる時代ではありません。おそらく皆さんが平和を求めたり、幸せを求める時、その心の隙に乗じて皆さん方の足を引っ張るエネルギーがたくさんやってきて、皆さん方を光の流れからそらす方向へと導いていきます。ほんの少しでも油断したり、隙をつくるとたちまちにして光の流れからそらされてしまいます。

したがって、本当に自分の流れをしっかりと方向性をしっかりと見据えていないものはいつのまにか別の方向へと向っていることにも気付かないままただひたすら進むことになります。改めて今自分はどこに向っているのか、自分は何の為に歩んでいるのか、それをはっきりと理解する必要があるでしょう。今この地球にはいろんな人間がいて、多くの人間がお互いにドラマを演じております。確かに裕福なドラマを演じている人がいれば、過酷な試練を演じている人もいるでしょう。

総じて日本人は地球の中でもかなり楽な役割を演じております。自分の悩みが仕事とか家庭とかパートナーにある人、もうそのレベルにおいて他のアジアの国々やアフリカや南米の人々に比べればはるかに高級な悩みと言えるでしょう。彼らの多くのは今日一日どうやって生きていこうか、明日どうやって生きていこうか、学びたいけれどもしばらく学校へも行けない、学校で勉強など一度もしたこともない、まだまだそういう人間がとてもたくさん存在しており、皆さん方とはまったく生きている空間が違うのです。

だから皆さん方に何をすれば良いのか、何ができるのか、確かに自分たちが生きている場においては自分たちの生きている場の人しか頭にないでしょう。家族や友達、職場の人間との間の関係で毎日がつくられていきます。そこに入り込んでいない人たちが苦しんでいても皆さん方にはほとんど何も感知されることはないでしょう。

これはある意味では現実の流れとしてごく普通の流れであり、皆さん方自身の責任ではありません。ただその中で演じられる人間関係の一つひとつ、快と思うのか、不快と思うのか、喜びと思うのか苦痛と思うのか、これはそれぞれ皆さん方個人の価値観から来るものであり、これは人によって感じ方が変わっていきます。したがって、まったく同じ現実がやってきたとしても人によっては不幸と思い、人によっては幸福と感ずる人もいるでしょう。

宇宙が皆さん方に与えたのはあくまでも現実の流れであり、不幸をもたらすとか幸福をもたらすとかいうレベルで与えられているわけではありません。したがって、与えられた現実の中でそれを不幸と思うのか、苦痛と思うのか、喜びと思うのか、幸せと思うのか、それは一人ひとりの価値観からつくられるものであり、決まっているものではありません。

自分はそれをどう理解しどう解釈していくのか、それによってその人の人生が変わってきます。したがって、同じ現実が与えられたとしてもある人は不幸と思い、ある人は幸せと思うでしょう。同じ現実を与えていながらも人によって評価が違う、これをもって皆さん方は人によって人生が違う、あの人は良い人生なのに私は良い人生ではない、そう解釈してしまいます。しかしそれはその人の解釈の問題であり、現実が本当にある人には不幸で、ある人には幸福かという証拠にはなりません。

実際、人生そのものに幸福や不幸が入っているわけではありません。それは皆さん方が心の中でつくり上げたものであり、人生の中に入っているものではないからです。では人生を幸せな人生につくるのか、不幸な人生につくるのかは与えられたものではなく皆さん方がつくるものになります。同じ人生を体験したからといって同じ感覚が蘇るわけではありません。

仮に会社の社長ような人生を歩んだとして全員が幸福と感ずるでしょうか。確かに仕事をバリバリやってどんどん金銭的に豊かになる人もいるでしょう。しかしそれによって家族関係は崩壊しほとんど家族との付き合いのない一生を終えてしまう、財政的には恵まれていながらも家族関係はまったく疎遠になっている、こういう会社の社長の人生があれば、ごく普通のサラリーマンとして人生を体験しながらも家庭としては最高の絆をつくり上げた家庭がある、こういう場合もあるでしょう。

どちらが良い人生でしょう。どちらが幸せな人生でしょう。多くの人は少々貧しくても家族が裕福であればそれで良い、そう答えるかもしれません。こういう答えそのものがありきたりの紋切り型の答えであり、ごく普通の答えを求めている人の解答になるでしょう。実際にはどの人生をとってみても、決まった流れありきたりの流れで一生を終えるということはほとんどないのです。何か一つをなすにもいろんな試練が与えられ、それを克服することによって何かかが身に付く、次々とやってくるもの一つひとつこなし、その結果何かが与えられる、一般にそういう流れになっており、何もせずに手に入るという状況はほとんどないのです。

自分が何かに一生懸命身を尽くし、頑張り、そして手に入れる、こういったことをどこまで体験していくのか、体験したことが多ければ自分のために戻ってくるでしょう。この肉体人生の限られた時間の中で自分は何を成すのか、どう人生に生かしていくのか、常に自分の人生について方向性をしっかりと理解するようにしておいてください。

Keikoさんの話の中で、自分の人生の流れ、目的ややるべきこと、そういったことを理解して、幸せな流れに入っていく、そういう発言がありました。先ほど話したように一人ひとりの流れはまったく違うものであり、自分の目的は自分で見つけるものであり、決められたものを決められたとおりにこなすことが目的ではありません。では自分にとって何を成すべきなのか、今のあなたの波動のレベルにおいて、あなた自身が理解すべきことがいくつかあります。自分の人生は誰のためにあるのか、自分のためという人もいるでしょう。社会の多くの人のためという人もいるでしょう。でも本当に自分の人生の目的を知りたければ、答えは全然違うところに存在します。自分の人生は誰のためにあるのか、それをはっきりと理解することが人生の目的を理解することにも繋がっていきます。今までの生きてきた人生の流れを振り返り、今までの自分の行動の仕方を整理していくと自分の人生が誰のためにあるのか、何のためにあるのかが少しずつ理解されてくるでしょう。そして自分の人生が誰のためにあるのかがはっきりと分かった時、人生の目的が何であるのか、自分にとっての幸せは何であるのかそれも分かってくるでしょう。自分の人生をもう一度振り返り自分は何を成してきたのか、自分が一番満足している時誰のための人生を歩んでいるのか、それを考えるようにしてみてください。

Kumikoさんの波動を見た時、あなたの心の中にいろんな思いがあり、自分についていろいろ迷い、悩む波動があります。自分自身何をして良いのか分からなくなったり、自暴自棄になるような状況すらもあります。あなたの光はあなた自身の心の中でとても強く輝いており、この光は強さを持って多くの人に影響を与えていきます。あなたの心から出てくる光はとても強い影響力を与えていきます。それ故あなたからとても前向きでいかにも希望にもたらす言葉が出てきた時は、多くの人に本当に勇気を与え、本当にやる気が出てくる波動となって伝わっていきます。しかし否定的な波動を出てきた時、とても強い光に操られ、この否定的な波動も周りの人にとても強く影響を与えていきます。そのため自分としては当然のように考えていたことが周りからまったく違う言葉となって戻ってきたり、思った通りには現実が現れないという状況を生み出していきます。あなた自身の心の光がとても強いということ、そのために良いことであっても否定的なことであっても口から出たパワーが何十倍、何百倍と拡大され周りのそのまま広がっていくということ、それをしっかりと理解する必要があります。したがって、他人のために愛と光に満ちた言葉が出てくればそれはとても良く相手に伝わっていくでしょう。しかし否定的な波動が出てしまうとそれも相手に鋭く突き刺さり、とても強い影響力を与えていくのです。コントロールするのが難しいという話がありました。コントロールするといっても瞬時に出てしまった言葉や感情についてはコントロールしようがないでしょう。出てしまったことに対して否定的に思ってしまう、後悔する、この波動そのものが低い波動になってしまい、余計に事態を悪化させていきます。コントロールできないとしてもそれにこだわる必要はありません。感情やつい口から出てしまった言葉一つひとつにいちいち反応していると、結局それが自分の癖になってしまい、また常に自分を否定する波動が育つことになってしまいます。何か否定的なこと、良くないことを口にした時はそれ以上の愛と光を持った言葉で置き換えていく、もっとそれ以上に良いことを口に出していく、他の人がやる気を出すこと、希望をもたらすこと、そういう言葉使いを選び出していく、そうすることによって否定的な波動が肯定的に切り替わる場合があります。自分を常に責めたり、価値を低くするのではなく、常に高い波動の方で置き換えていく、そういう練習を進めるようにしていってください。

Akihoさんの波動では、あなたの光の中にまだ自分にしっかりと目を向けていない波動が多いために自分でつくった自分の妄想の中で自分が存在しています。自分と思っている自分の姿はまだ本当の自分ではありません。自分で都合の良いようにつくり上げた自分、あるいは知識で理解できるようにつくり上げられたものであり、それは本当の自分ではありません。本当の自分の姿は言葉で理解できるものではなく、頭で分かるものでもありません。まだまだ自分の見ていないもの、理解していない自分が多く、それをできるだけ自分でスマートに理解しようとして理解しやすい自分の側面だけで自分をつくり上げています。本当の自分とは何であるのか、見たくない自分の姿は何であるのか、もう一度原点から取り組んでみる必要があるでしょう。

Akikoさんの波動では、これまでのいろんな学びにおいて自分は何であるのか、自分はどこに向うのかをいろいろと見つけてきました。しかしどうしても核心のところが自分でまだ見つけられず、自分で自分の本当のところを理解できないままになっています。本当の自分が何であるのか、自分が他の人といろいろ接する時、その場その場で他の人に合わせ自分なりに変化していく、そういう自分の特徴を見ることはできました。いろんな場に応じてうまく変化していく、状況に応じて変化していく、それは確かにあなたの特徴の一つとして上げられるでしょう。しかしそれだけではあなたの本質を言い当てているわけにはなりません。もう一つとても重要な波動があります。あなた自身が自分を考える時、自分の最大のものが発揮できる状況を常に見つけていく、自分の能力が最大限に発揮できる場を見つけていく、この意識がとても重要です。今は自分の一番の場をなぜかわざと隠したり、見せたりしないような状況に自分で進んでいきます。うまく場を調整しながらも自分の姿をあまり見せないようにする、こういうやり方に慣れているからです。間を埋めながらも自分の正体を見せないようにする、これは今までの流れの中であなたが培ってきた波動であり、わざと分からないようにすましておく、人に知られないようにやっておく、こういう傾向から生まれたものです。今まではそれでうまく場をつくることができました。しかしこれを続けていくと自分は何であるのか、自分の存在価値がどこにあるのか、これを考えた時、自分で自分のことが分からなくなってしまいます。いろんな場に応じていろんな状況に変化しうまくいくように流れを変えた、そして自分は自分だけものをどうやって表現できるのか。自分にしかできないものをそこに現わしておくという波動が実は存在しています。しかしそのやり方がとても面白く、あなたの持って来た波動は何らかの印をわざと現わしたり、分かる人にだけ分かる表現で残しておいたり、理解できる人だけが理解できるサインで示したり、つまりパッと見た時にはあなたの存在の誰も理解できなのにも関らず、分かる人が見た時いかにもあなたがやったということが分かる、こういう印を残すようにつくられているのです。今までそれに気付かず、ただ自分の存在を隠そうとする方に一生懸命だったために、特徴を現わさずにただ間をうまく埋めるという意識だけでやってきました。しかし今はそれに加え、自分だけの何かをうまく仕込んでくる、こういう意識を持つことが必要です。問題はそこに自分らしさ、自分だけのものという波動を入れておく、それをどう表現するのか、それがあなたにとって一番苦手な分野になっています。自分だけのものをどのようにして表現していくのか、今まで自分が身に付けてきたいろんな波動の中で一番自分らしさを現わせるものが何であるのか、それを自分で先ず取り組んでみて、自分がしっくりいくもの、これが自分らしいと思うもの、それに出会うように意識を持っていってください、そしてあなたがそれをうまく感じたり、方向性が合っている時には必ず何らかの思い、直感やインスピレーションが沸いてくるでしょう。そうやって自分の波動といったものをうまく残しながらも、うまく間の中に入り込んでいく、こういう波動をつくり上げるようにしていってください。

今日は初めての方が多いということではじめにいろんな波動が交錯しておりました。しかし皆さん方自身はあまりそれに意識を向ける必要はありません。何か話をしなくちゃとか、場を埋めなければならないとか、うまく流れをつくらなければならないとか、こういう思いそのものが今の社会でつくられたコントロールのエネルギーであり、まだまだ皆さん方が社会のルールに犠牲になっている、まだまだ概念の中で生きているという証なのです。

話をしなければならないという概念そのものから抜け出していく、ただ単にここにいてエネルギーを感じ、感じたエネルギーをただ口に出していく、本来それで十分なのです。そのエネルギーがどう感じられるのか、一人ひとりまったく違った表現の仕方で何も問題はありません。他の人に合わせて何かを話すとか、他の人との関係で何かを話していく、これは今の社会においては必要とされているかもしれませんが、本来の宇宙の流れにおいては必ずしも意味のあるものではありません。

むしろ感じたことをただ表現する、概念に捉われずにただ表現していく、こちらの方がとても純粋で素直な波動をつくり上げていきます。自分の心をなるべく素直にただ感じたことをそのまま表現する、そういう場としてここを使っていただくようにしていただきたいと思います。それでは少し休憩を取ります、ありがとうございました。


A現実に反発すると災害に巻き込まれる

光のハイアラーキーとしてお話をいたします。この九月はハリケーンや台風などで地球の至る所において大きな災害がもたらされておりました。この地球に起こる大自然の動き、これらも究極的には人間の意識からつくられるものであり、皆さん方の意識の中に地球を思う気持ち、自然を思う気持ちがどれだけ養われているのか、自分にとって自然というのは自分の生存する場であり、自分が自分を生存している場に対してどういう思いを抱いているのか、それがそのまま自然現象に現れてきます。

自分は与えられた場に対して不平不満を言う、与えられた場に対して納得できず、むしろ反発してしまう、こういう波動を出すとそのまま自然に影響を与え、自然が破壊される現象をつくり出していくのです。皆さん方が与えられた場を感謝を持って受け入れ、与えられた場を美しいもの、納得できるものとして接しておくと大自然は皆さん方の親しき友人となり、愛に溢れた良い友だちとして接するようになるでしょう。

地球全体の人類という集合意識で地球との関係を見た時、現わされてくる自然現象がそのまま人間の思いとなって理解できるようになります。しかし一人ひとりを見た時、あくまでも一人ひとりが自分と場との接点の中で生活を続けています。したがって、自分に現れてくる自然現象、自分一人ひとりのつくり出した波動によって与えられていきます。

自分が与えられた場に対して常に不平不満を言ったり、理解できないとして怒りを出したりしている人は自然との関係において事故を多く経験したり、災害に巻き込まれたりする現象を演じたりしていきます。しかし場を受け入れ理解し、場と共にむしろ場を生かすように人生をつくっている人は、自然が味方となって自然からエネルギーをたくさん受け入れ、自分の思いに従った自然がつくられていくことになります。

自分にとって場が何であるのか、先ほど自分の人生の目的が何であるのか、パートナーとの関係や家族、仕事、いろんな観点から自分のことを見る人がいました。しかし場ということを考えた人がほとんどいません。地球という場で生かされているということ、地球という場において自分は何を成すべきか、地球という場に自分は何を起こすことができるのか、まだまだ自分のことにしか頭が向いておらず、自分の人生に精一杯、自分だけに関心が向いています。

地球に生かされている、地球にやってきたということは地球との場において何らかのエネルギー的な繋がりをつくる、残すことになります。自分は何のために生きているのか、地球のためにもそういう生存し、意味があるということを決して忘れないでいただきたいと思います。それでは今日はここまでに致します、ありがとうございました。


(c)2005 CentralSun
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