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2003/8/20■水曜瞑想会から

ブロックは他人ではなく自分で作った

@青の世界での癒し

私たちは今の瞑想において一緒にワークをしていた仲間たちです。今日は青い世界を使いながら皆さん方の表現、喉のチャクラと関連したエネルギーを癒し、エネルギーを調整するというワークが行なわれていきしまた。

Jun-ichiさんのワークにおいては、今日はあなた自身の表現というよりは、自分自身の存在感、自分自身が持っている信念、それらに関してエネルギー的な調整が行なわれておりました。自分をどう認めてもらい、評価し、主張していくのか、自分という存在がこの広大なる宇宙の中で何を行ない、進んでいくのか、それに向けてのアドバイスやワークが行なわれていきました。今、学び、身に付けているいろんな波動、自分はそれらの波動をうまく整理統合させながら、自分を見つけようとしております。自分が何者であり、どこに向うのか、いろんな観点から見つけてきました。でもまだ本当にすっきりくるもの、本当に自分のエッセンスだと思えるものには出会っておりません。近いところまではいっても完全な自分にはまだ接しておりません。その本当の自分の一部だけでも感じたい、一部だけでも接したいという気持ちがありました。今日あなたの感じたものの中にそのあなた自身の本質的なものがいくつかあります。自分が今まで求めていたもの、願っていたものがいくつか現れておりました。自分の体験したことを整理し直して本当の自分と思えるもの、自分自身だと思えるものを見つけて、そことの繋がりを強くしていってください。

Shidueさんのワークにおいては、今日あなたの感じたいろんな思い、沸き起こってきたもの、とても素直で良いエネルギーになっていました。今日は本当の意味での癒し、エネルギー変換が行なわれたかもしれません。まずは自分に気づくことから始まります。自分はどういうエネルギーをつくってきたのか。よくブロックとか、トラウマとかいう表現でエネルギーを克服し、改善したいという人がいます。しかし、それらのエネルギーは自分がつくったものなのです。自分の出したエネルギーがブロックになっているのです。ブロックとかいう表現を取ると、いかにも自分以外の所為にしたり、親の所為、他人の所為にしてしまう傾向があります。自分がつくったということにまず気がつく必要があります。どのような状況であれ、どのような境遇であれ、自分がつくったということです。それに気づかない限りエネルギー変換は起こりません。自分がつくったことに気がつくと自分の力で光に変えていくことができます。では、自分が何に対してそれらのエネルギーをつくっていったのか。いつも親からいろんなことを言われて、自分が否定された感じになってしまう、自分のことを認めてくれていない、いろんな思いがあります。しかしもう今は誰もあなたを否定する人はいません。本当はもう十分に自分は生きていける状況なのです。でもやはり自分のつくりあげたエネルギーが影響し、いつのまにか自分が行動できない状態になっています。本当は誰もいないにも関らず自分のつくったエネルギーで自分がコントロールされています。もうあなたは何ものにも束縛されず、制限されず、自由に行動できるのです。そのためにも自分がつくったものを自分で解消していく、手放していく、自分がつくったということに気づき、自分でつくったものを自分で消していく。親を許し、親戚を許し、仲間を許し、許すことによってのみ消えていくのです。ただ消えろ、消えろと言っても消えてはいきません。許すことによって消えていくのです。これから許すということを行動で移してみてください。

Kayoさんの今日のワークにおいて、あなたの体験した世界、とても良く現れておりました。青い世界、それは癒しに繋がる光でした。表現が癒しへと繋がる、とてもよいシンボルです。何故ならばあなたの声から発せられる波動には、癒しの波動が入っているからです。あなたが正しく表現をしていくと、あなたの言葉によって癒される人がたくさんいます。あなたにとって表現することは他を癒すことになります。また自分を表現することは自分を癒すことになります。あなたにとって表現と癒しが一体となっている、是非ともそれを理解して本当の自分に意識を向けていってください。

Isaoさんの今日のワークにおいて、今日は瞑想的な雰囲気とそうでないものの違いが感じられたという話がありました。あなたにとって瞑想というものが何であるのか。やらなきゃならないからやってみる、必要だからやってみる、いろんな意味があるでしょう。でも基本的に何のために瞑想を行なうのか。本当にスピリットを体験したいから、自分を知りたいから、癒したいから、いろんな目的がありました。どういう目的であるにせよそういう目的がある限り、瞑想はうまく進みます。しかしあなたの場合は、そういう目的がないのです。ただ瞑想したい、ただ瞑想がうまくできるようになりたい、瞑想はあくまでも一つの手段であり、目的は自分が癒される、光と一体になる、ハイヤーセルフと一体になる、そういったことが目的であり、瞑想はその手段に過ぎません。あなたは目的をつくらないまま、ただ手段を身に付けようとしています。これは本当の学びにはならないのです。瞑想を何のために行うのか、どういう瞑想をしたいのか、もっともっと目的意識をしっかりと持つ必要があります。漠然とただ瞑想したい、うまくなりたいと思っても、それだけでは瞑想のエネルギーがつくられていきません。自分の目的意識、問題意識をもっと明確に持つようにもっていってください。


今日は表現のチャクラを使うというワークで進んでいきました。多くの人が家庭の環境から言いたいことが言えないで、不満を持って生活を続けてきました。特に日本人の場合は言いたいことをあえて言わないことが美徳と評価されたり、良い女の子とか、真面目な人という風に認識されていました。

でもそれは間違った教え方であり、本来はどんどん表現することが必要です。たとえ相手が目上の人であろうが、地位のある人であろうが、自分の言いたいことは表現するという状況が必要です。ところが年齢が上の人であったり、地位や名誉が上の人であると、失礼なことを言ってはいけない、場を考えなくてはいけない、そういう意識がどうしても働いてしまいます。

これは日本人の持つ集合意識レベルでのエネルギーになっています。したがって、皆さん一人の問題ではなく、日本人の集合意識レベルでワークしていく必要があります。したがって、これからもこういうワークをする時、一人ひとりの問題を意識しながらも、その先には日本人全体の集合意識レベルで癒す必要がある、集合意識レベルでのワークが必要となる、そういう意識を持ちながらワークをしていっていただきたいと願っております。それでは今日はここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)2003 CentralSun
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