日本は太古の昔からほかのいろんな人々からの芸術的なもの、文学的なもの、伝統的なものを持ってきて、それをうまく統合させたり、利用したりして独自の文化を作り上げるという流れをとってきました。日本において、いちばん伝統的なものが何であるのか。皆さん方が信じている日本の伝統的なものはほとんどが海外から入ってきたものであり、純粋に日本だけで作られたものはそんなに多くはありません。日本だけで独自に作られたものといっても、それも海外から入ってきたものに対抗して作り上げたり、参考にして作り上げたものが多く、本当に純粋に日本で作られたというものはそんなにあるものではありません。
それでは日本における伝統的なエネルギーとは何でしょう。いろんな国々の文化や伝統を持ってきては、それを日本人に合うように変えて、自分たちがあたかもそれを作り上げたかのように、まったく新しいものを作り上げていく。これは日本人が得意としている一つの文化の作り方です。宗教においても同じように、海外の宗教を日本に持ってきて、日本で広げる時に、日本人に合うように巧妙に修正し、それを独自のものとして作り上げることに成功しました。皆さん方が日常使っている文字にしても数字にしても、すべて外国のものであり、日本独自でひらがなやカタカナというものを作り上げていきました。
でもそのひらがなやカタカナにこそ、日本の伝統的なものがほとんど入っており、日本人としての神秘さが隠されております。ひらがなもカタカナも漢字の一部を取ってきて作り上げたに過ぎず、いかにも日本的なもののように作り変えてしまいました。皆さん方が日本的と思っているもの、これこそが日本だと思っているものはどこにあるのでしょうか。神様という考えが一つあります。日本においては自然の中に神が宿り、自然を愛し、自然を尊重し、自然と共存することによって結果的に神を信仰するというエネルギーを出しておりました。
海外から特定の神という存在が入ってくるにつれて、自然を進行するというエネルギーがだんだん弱くなり、特別の神々を進行するという流れに変わってきました。自然を崇拝し、自然と共存するという時代のころは本当にスピリットが日本人と一体となって存在し、日常の生活はスピリットが大きな影響を与えておりました。特定の神々が日本人の頭の中に入ってくるに従い、自然への信仰心がだんだん薄れていき、自分のご利益のために特定の神を拝む、特定の神を崇拝するというエネルギーに変わっていきました。
したがってそれ以降、名前を持った神というのは基本的にその神を信仰することによって何らかのご利益が得られるという約束ができてきました。自分はその神を信ずる変わりに、自分の幸福を約束して欲しい。こういう取り決めが自然と行なわれるようになってきました。日本人の心の中に神という概念がどんどん強くなり、大きくなり、それと共に不幸なことがあれば神に祈って幸福にしてもらう。こういうやり方が浸透するようになってきました。
皆さん方が作り上げた、この神という存在は皆さん方の頭の中に明確に存在し、そして日本人の集合意識の中にも明確に存在しております。いろんな宗教的な神々が存在し、氏神、その他もろもろの神々が存在します。困ったときがあると神々の名を唱えて、救ってもらえるように拝んでおります。皆さん方が基本的に日本の神々という考えを持ったとき、ほとんどの人がこのレベルの神を創造します。いわゆる神社、あるいはどこか特別なところに奉(まつ)られている神々の名前、神社や特別なところに奉られている神々は人間が都合のよいように作り上げたものであり、ご利益を得る対象として偶像化したものに過ぎません。
彼らは必ずしも本当の神々ではありません。そういったものたちをいくら崇拝し、拝んでいたとしても、皆さん方は何一つ、幸福を手にすることはできません。では日本における神々、日本を創った神々というのはどこにいるのでしょう。これについては、実は言葉で説明するのにはとても複雑であり、難しい状態にあります。今の段階においてこれを表現することは適当ではなく、また皆さん方がまだその時期に来ているともいえません。ただ言えることは、光の仲間たちは一つの大きな約束の中で活動しており、その約束にはそれぞれの人種や民族を指導する役割の存在もいます。そして日本には日本民族を指導する存在と日本の国土を守る存在がいます。
日本の国土を守る神々にもいろんな種類があり、聖なる地において一生懸命、役割をなしている神々やこれからの時期に備えてずっと準備をしている神々がおります。そこの土地を任された神々が、そこに入ってくる人間たちをいろいろと調べたり、許可を与えたりして、人間たちがそこで生活するのを認めていきます。民族を指導する神々はその土地の許可を得てその土地に住み、また時期がくれば別の土地に移動してまたそこの許可を得ながら生活していきます。
したがって日本という場所で考えたとき、太古の昔から日本という土地を守っている存在と、いわゆる民族を守っている存在がおります。民族を守っている存在は非常に複雑になっており、元々土着の民族として生活していた民族に加え、弥生時代になってから入ってきた民族、縄文時代のころにいろいろと入ってきた民族、それ以外にもそれぞれ時期に応じて入ってきた民族がおります。したがって日本という土地は一つの民族ではなく、複数の民族が共存していることになります。
しかしそれらは区別されているわけではなく、一つの日本という土地の中で生活し、共存できるように仕組まれております。日本人という表現をとる場合に、この日本という土地で活動している人々をいうことが多いようです。そうすると、遺伝子的に見ると、いろんな種類の遺伝子が存在しております。日本には太古の昔からいろんなところからいろんな民族が入り込んできており、それぞれが巧妙に入り混じって日本人を作り上げております。
典型的な日本民族というがあるわけではなく、また昔からずっとそれを保っているというわけでもありません。アイヌや沖縄の一部の人に太古からの遺伝子を持っている人がおります。それでもホンのわずかであり、ほとんどの日本人はそれとは別の遺伝子の状態になっております。では何を持って日本人と呼び、何を持って日本の文化というのでしょう。日本人という表現そのものがだんだん適当ではなくなってくるでしょう。ではすでに海外からいろんな人々がやってきて、平気で日本語を話し、また海外の文化を日本に持ちこんできているもの、昔から日本で生活していた人は日本の文化が次々と破壊され、伝統的なものが失われるように感じられるでしょう。でも日本は太古の昔からずっとその役割を演じているのです。
いろんな国々からいろんな人々がやってきて、いろんな文化を持ってきて、そしてそれをまったく新しい文化に作り変えていく。まるで日本の文化であるかのように作り変えてしまう。これが日本の役割だったのです。したがって日本の古来の伝統や芸術を残すというのは、本来は日本特有のいろんな文化を作り変えてしまったり、固有の海外の文化を多くの日本人が楽しめるように巧妙に作り変えてしまう。これこそが日本のエネルギーといえるのです。多くの人が楽しめるように作り変えてしまう。
クリスマスをはじめとするいろんな行事が単なるお祭りになり、多くの日本人がただそれを遊んで時間を過ごす状態になっております。本当の意味とか、本来の意味など、誰も考えておりません。そういうやり方が日本のエネルギーなのです。日本のエネルギーはそうやってそれぞれの国にある素晴らしいもの、でも独自なもの、それを巧妙に作り変えてうまく馴染むように変形させ、そして多くの日本人がただ楽しむ。これをずっと太古の昔から続けてきているのです。
日本語がいくら変化し、顔つきが変わり、食生活が変わったとしても、こういう日本の特徴となっているエネルギーはおそらく変わらないでしょう。海外からの面白そうな文化をすぐに取り入れ、自分たちに合うように作り変えてしまう。ただ自分たちが楽しいように変えてしまう。そしてその作り変えられた素晴らしいものを皆で味わい、楽しみ、そして時々それが海外に戻っていく。日本はそういうエネルギーを秘めているのです。神々にしても、西洋的な宗教の神々が日本では数ある神の中の一つとして認識され、そして尊敬され、親しまれております。
元々その宗教の世界では神の名前はとても偉大であり、みだりに口にすべきものではなく、威厳があり、厳格なものでした。どの宗教の信者にとっては自分たちが信ずる神々はとても大切なものです。無闇に口に出すものではありません。それが日本に入ってくると、気楽に、でも神として崇められ、誰もが簡単に口に出す。これはこれでとてもよいものなのです。神をもっと身近に感じさせる。でも神として立派に存在している。そういうエネルギーを日本人は持っているのです。いろんな宗教が日本に来て、作り変えられてしまう可能性があります。もっと楽しく、いろんな宗教がお互いに認め合うような雰囲気。そういったことを創り出すのには日本がとてもよいのです。
日本ではいろんな宗教が同時に存在しても、十分にやっていけるでしょう。ほかの国々においては宗教の神々は絶対であり、ほかの宗教を受け入れることはできません。まったくあい対立するもであり、両立することは不可能なのです。でも日本においてはそれが可能になってしまうのです。日本が持っている素晴らしいエネルギー、伝統的なエネルギー、それが本来、何であったのか。あらためて考えてみて、いかに自分たちがそのエネルギーをうまく使いこなすことに意味があるのかを考えてみてください。
私たちは別の話をしていきます。皆さん方がここでいろいろと学びを重ね、自分に目を向け、自分がこれからどこに向かうのかをずっと学んできました。自分のために、自分の力で成長していくということを何度も教わってきました。そして今、皆さん方が新しい学びをして、これまでやってきた学び方と新しい学び方との間で混乱しているという状況があります。今までは自分のペースで、自分のために、自分の力で学ぶということをずっと教わってきたのにもかかわらず、能力のあるものがまだ分かっていないものに教える、導くという波動のエネルギーがもたらされ、その世界の中で混乱している人がたくさんおります。
確かに今までここで学んできた人々にとっては、教えるとか導くとかいう波動は、あまり心地よいものではないでしょう。でも宇宙にはいろんな波動があり、光の方向や流れも必ずしも一つだけというものではないのです。実際には人の数だけ道があり、人の数だけやり方があるのです。一人ひとり、自分の進むべき道の方向性や行き先は別なのです。私たちは皆さん方にいろんな選択肢を与える、いろんな状況を与える、ツールを与えていく、これしかできません。皆さん方はその選択肢を自分たちで選び、ツールを選んでいく。それは一人ひとりが自分で身につけるべきことです。
私たちはいろんな選択肢を皆さん方に紹介するでしょう。それはその選択肢を必要としている人がいるからです。今までは自分のために自分で学び、自分で成長するということを前提にしてやってきました。でもすべての人がそれで進めるわけではなく、中にはやはり教えてもらう、導いてもらう、というやり方でないと進めない人もいるのです。自分のためにといくら言っても、なかなか動くことができず、他人のためという言葉で初めて動ける人もいるのです。
いろんな人がいるために、一つのやり方だけを教えるということは必ずしも好ましいものではありません。したがってここでこれから行なわれるのは、いろんな人に対していろんな選択肢が与えられ、いろんなツールが手渡される。でも皆さん方はそれを、その中から自分に合ったものを選んでいく必要があるのです。皆さん方が自分で選ぶのです。混乱している多くの人は、すべてのツールを手にし、すべての道を歩き、すべてのやり方をマスターしようとしているのです。
そこで混乱が起こり、時間もお金もなくなり、どうしてよいか分からず、迷ってしまうのです。今、皆さん方に必要なことは、自分に必要なものを選び、必要なものだけを手にしていく。これなのです。何もかもすべて手にする必要はありません。本当に自分のために必要なもの、自分がすべきことをしていってください。何をして良いのか、分からない。そういう人はまず、自分にとっていちばんやりやすいもの、馴染むものから一つずつ、始めていく必要があります。
何をして良いのか、分からない。その状態のままで次から次と与えられたものをやっていくと、だんだん混乱が大きくなり、自分でも何をしているのか、どこへ向かっているのか、分からない状態になってしまいます。ある程度、自分で判断でき、選択ができるようになってから先に進んでいく。そうやって着実に一歩ずつ進むようにしていってください。
私たちは少し話をして休憩にいたします。今、話されているように、私たちはいろんな人に対していろんな人に必要となっている情報やエネルギーを与えていきます。でも皆さん方一人ひとりから見たときには、必ずしもすべてが必要とは限りません。皆さん方はその中から自分に必要なものを選んでいくのです。今までは、与えられたものを全部、受け取る、与えられたからすべてを信ずる、そういうやり方で勉強してきました。今はもうそういう時期ではないのです。いろんなメッセージの中から、自分に合うところだけを採用していく。それだけを自分に当てはめていく。それを本当に行ない、実践する必要があるのです。
自分にとって本当に必要なもの、自分が本当にやるべきもの、それをどんどん選んで、そこだけを進んでいって構わないのです。自分の成長のためにも、自分の判断を信じ、自分で前に進んでいくということをもっともっとやっていって下さい。それでは少し、休憩をとります。ありがとうございました。
自分はものすごく理解でき、成長でき、役に立った。でもそれはほかの人にはまったく役に立たない場合があります。ほかの人はまた全然別のやり方で、別の人間たちとの交流の中でどんどん成長していく場合があります。一人ひとり、成長の仕方がまったく異なり、またそれが可能であるということ。そういう学び方を一人ひとりがしているということ。それを本当に理解して、お互いに認め合うようにしていってください。
それでは、今現在からこれからに向けての簡単なアドバイスをしていきます。Isaoさんの場合は、あなた自身の心の内面においてどこかに不安や心配、踏ん切りのつかないというエネルギーがあります。今、自分は本当に何をすればよいのか、心から満足して進むためにはどうすればよいのか。そこのところで一つ、煮えきっていないところがあります。
今、あなた自身にとっていちばん大切なものは、自分で本当に見つけ、自分の力で、自分がそれを作り出すということ。何かから教わったり、教えてもらったり、持ってきてもらうのではなく、自分の手で、自分の力で行なうというものです。自分ですべてを作り出し、自分から始め、自分で成し遂げる。まだそれを完了させたことがそんなにありません。始めから自分で設計し、プランを作り、完成させ、終了させる。そのサイクルが完成していないのです。
まずは自分のできるものの中で、それをしっかりと完了させ、そのエネルギーを作り上げていく。そして一つの完了したサイクルを完全に自分のものとしてそれを大きく展開させていく。その練習を繰り返すことにより、自分の現実化するときのエネルギーを作り上げていって下さい。
Tamamiさんの最近の状況では、人との接触の中において、自分の思い、感じたこと、考えたこと、それをいかにうまく的確に表現し、相手の心の中に入っていくか。自分の本当の思いをどうやって伝えていくか。そこのところでいろいろと迷ってしまったり、行動できないところがあるようです。自分としては、これをこう表現したい、そう思っていても、なかなかそれが伝わらない、いくら工夫をしようとか、よいことを考えようと思っても、なかなかよいものが頭に浮かんでこない。そうやって何もできずに終わってしまうことがあるようです。
自分が表現したいもの、相手に知らせておきたいものがあるとき、それを無理に伝えるとか教えるとかいうエネルギーを注ぐのではなく、純粋に、自分はただ表現したい、自分はただこれを表現したい、自分はただこう感じている、まず自分は素直に表現することをやってみる必要があります。無理して伝えようとか、分かってもらおうとか、相手に感じてもらうというところに意識を向けると、相手のことがいろいろ気になってしまい、エネルギーがうまく出なくなってしまう場合があります。
まずは自分の思いをただ表現してみる。相手にとらわれずに、自分の感じていることをそのまま表現する。それを繰り返していくと、相手のエネルギーに負けることなく、自分は自分のペースで表現することが可能になっていきます。自分の思いをただ感じたまま表現してみる、その練習を繰り返して、どのような状況にあってもうまく表現できるやり方を身につけていってください。
Minoruさんの最近の場合で見てみると、心の中のいろんな葛藤のエネルギーがあり、自分自身が進むべき道、でもそこにどこまで本気で入ってその世界に染まっていくか。そこの面におけるいろんな葛藤のエネルギーが感じられます。自分自身が信じているもの、具現化したいもの、本当にそれを自分のものにしたいもの、いろんなレベルがあります。その中で自分を本当に成長させ、自分が必要と感じ、自分のためになるものが何であるのか。周りの評価や外見からの基準ではなく、自分の心から純粋に判断し、自分にとって本当に必要なもの、自分の成長のために必要なもの、そういう基準で考えてみる必要があります。
周りのいろんなことを考えたり、自分以外の観点から考えると、結論がなかなか出ることなく、堂堂巡りを繰り返してしまいます。自分の観点から見て、自分にいちばん必要なものが何であるのか。自分はそれで本当の自分に出会えることができるかどうか。空くまでも自分の純粋な心から考えるように意識を向けていってください。
さて、今年ももう時期、春がやってきて、皆さん方の心も軽やかになり、素晴らしいエネルギーを感じ、新しい体験が自分たちの目の前に感じられてくるでしょう。そしてこれまでとは違う体験、違う学びを通してまた新たな成長を進めていきます。一人ひとりがまた今年、新たな体験を通して大きな飛躍をしていくでしょう。そして自分は宇宙とどうつながり、本当の自分とどうつながって、どこに向かうのか。またそこに新しい回答が見えてくるでしょう。一つひとつの体験を本当に有意義に使いこなし、自分のために、自分の成長のために、また新たなる飛躍をしていってください。それではここまでにいたします。ありがとうございました。