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1998/11/9■月曜交流会から

世代によって接し方を変える

@精神的な成長と日本人としての生き方

私たちは皆さん方の大元の集まりのところからエネルギーを持ってきました。今日は一人ひとりが自分の人生において、今がどういう状態であるのかを少し話してみたいと思います。地球人として肉体を持ち、何十年も生活を続けていると、人間に対していろんな思いが積み重なってきて、人と接することに不安や恐れを造り上げていきます。どのような人間でも、人と接するときには何らかの不安や恐れを感じます。自分の存在を認めてくれるかどうか。否定されたら、どうしよう。こちらの言おうとしていることが分かってもらえるのだろうか。いろんな思いが沸き起こってきて、その人の心に不安を造り出していきます。

ある程度、経験が豊富になってくると、人間は皆、そういうものであり、必ずしも自分の心を完全に理解できる人間は存在しないということ。分かってもらおうと思っても、完全に分かる人間はいないということ。自分のすべてを分かってくれている人間がいないということ。それが当たり前になってきて、ある意味ではそれを前提に自分の人生を進める人が増えてきます。

自分の存在価値を認めてほしい、分かってほしいという生き方をしているうちは、ある意味ではまだ若い人間と分類されるでしょう。こういう人間は自分を主張しようとしたり、認めてもらおうとする行動をとるために、どうしても自分の良いところをたくさん表に出したり、悪いところを隠す傾向が増えてきます。そしてお互いにそういう関係を繰り返していくと、相手の悪いところを見たときに、急に不快感が沸き起こってきたり、相手のそういう態度自体が気にくわなかったりしてきます。

そういう経験を何度も何度も重ね、所詮、自分も他人も同じことをやっている、皆同じなんだということに理解が深まっていき、あえて自分をよく見せようとか、自分の見せたくないところを隠すという行動がだんだん減ってきます。そういう段階にくると、ある意味では大人になり、その人自身がいちいち他人の前で取り繕ったり、良く見せるという行動が減ってきます。

今の多くの人はまだこういう段階には入っておりません。まだ精神的に若いレベルであり、いかに自分を良く見せるか、自分のことを良く見てもらうか、こちらの方の働きが強い段階にあります。こういう段階の人はいろんな人間関係を続けていき、自分も他人も同じように表を一生懸命、取り繕っているということに気がついてきます。いつどのようにして気がつくかは一人ひとりの経験によって違い、どのくらいの期間で分かるかということもかなり違ってきます。ただいずれかの時点でそういうことに興味が薄れてきます。

精神的に大人になると、いちいち自分を良く見せようとか、分かってもらおうというエネルギーが減ってきます。ではそういう大人になった人はどういう喜びを持って人生を過ごしていくのか。こういう精神的に大人になった人は、ほかの人への干渉もだんだん弱くなっていき、自分自身の内面的な喜びを見つけ出そうとしていきます。今までの長い人生において、自分が無闇に判断したり、裁いたり、無視したりしてきたことの無意味さに気がつき、もっと内面を豊かなものに、楽なものにしようとする生き方を探していきます。

趣味を見つけたり、旅行に出かけたり、自然に触れ合ったりして自分の心を潤そうとする働きが出てきます。例え、ほかの人からみておかしな趣味であったり、独りぼっちでやっている楽しみであったとしても、本人はそれで満足しており、堂々として演じていきます。この段階にいる人はそれだけで生きていることが楽しく、心が潤い、また心が豊かになっていきます。

一般に日本人の場合には、退職したり定年以降の場合にはそういう行動を取りがちですが、実際にはそういう物理的な年齢とは関係ありません。もっと若くても精神的に成長し、競うことの無意味さ、良く見せることの無意味さに気がついたときに、そういう方向へ向かう人がおります。これはこれである意味では精神的に一皮むけており、自分の心の喜びを見つけようとして自分の世界に入っていきます。

今の若い人間の中で、家族や会社にはまったく興味を見せず、自分一人で自分の世界に入る人がおります。こういう人は皆さん方とは違う成長の仕方をしており、初めから争うことや良く見せることには興味がなく、かなり若いうちから自分の世界で自分の心を潤そうとしております。こういう若い人はほかの人からいろいろ助言されたり、アドバイスされても、すぐにそれに反応することはあまりなく、自分の世界で自分の解釈で、自分のペースで生きていきます。中には皆さん方と同じように、社会で競争心を養ったり、自分を良く見せる仕草をいろいろやって、その果てに自分の世界に入る人もいるでしょう。今の若い人たちはそういう新しい傾向になってきており、皆さん方とは初めから価値観が違っている人がおります。

こういう若い人たちが次第に増えていき、皆さん方よりも若い年齢でありながら、自分の心の潤いを探求していった場合に、社会がどのように変化していくか。少なくとも、普通の競争のある会社に入って、ノルマを達成して、高い給料をもらい、出世を目指すという人間はどんどん減っていくでしょう。企業間の競争がだんだん変わっていきます。単に売上高や利益があるからといって会社が優れているという評価もなくなっていくでしょう。労働意欲が根本から変わっていき、ただ会社では決められたことだけをやって、あとは自分の世界に入っていく。無理して働いたり、一生懸命、残業するということも減っていくでしょう。

若い人たちがそういう風に変わっていき、企業の在り方も変わっていく。労働意欲が根本から変わっていく。今まで勤勉な国民として評価されていた日本人、日本の労働者が内面から変化していきます。それで日本がどう変わっていき、日本がどのような成長をしていくのか。多くの人は不安を感じたり、希望を見失うかもしれません。でも日本は確実に成長し、新たなる社会を創り上げていきます。今までのように、残業をいっぱいすることによって生計を満たすという労働の仕方が根本から変わっていきます。もっと自分の自由な時間を確保し、なるべく心を豊かにする生き方を探り出します。

したがってそれに合わない企業は若者が寄りつかず、制度を変えざるを得なくなっていくでしょう。今まで一流企業として通ってきたところが、どんどん若者から無視されていき、若者に受け入れられる新しい企業が成長していくでしょう。そして新しい観点で、新しい感覚で、経済が進んでいきます。高ければよい。一流会社だから良い。そういう評価がほとんど崩れていくでしょう。必ずしも高いものや一流会社のものといったものが良い評価を得るわけではなく、安くても自分の気に合ったもの、自分の好むものを選んでいくでしょう。

社会は今まで大企業中心で進んできました。大企業のやることが皆の好みを決め、同じような色の商品、同じような機能の製品を皆さん方に与えてきました。流行するもの、はやっているもをどんどんマスコミを使って普及させ、国民全体に同じような服を着させ、好みを提供してきました。でももうそれが通用しなくなってきます。同じものを着たり、同じものを買うという習慣がどんどん薄くなっていくでしょう。自分は自分の楽しいことをやっていく。自分の買いたいものだけを買う。そういう風にどんどん変化していきます。裕福であるとか、センスが高いとかいう評価も関係なくなってくるでしょう。

こういう若者たちがどんどん社会の中心になっていく。こういう感覚に理解のできない大人たちは社会についていくことができなくなっていきます。これからの日本はこういう若者たちの発想によって内面から質的に変化していきます。外側から押さえ付けて号令をかけていた大企業や大人たちの感覚がまったく受け入れられない段階に入っていくでしょう。

若者は必ずしも女性や男性といった区分けも認識せず、同じように遊び、楽しんでいくでしょう。男性中心で考えていた大人たちの思考がまったく通用しなくなります。子供の育て方にしても、教育の在り方にしても、どんどん変化するでしょう。出世が大事だと思われていた時期に母親になった人間たちが子供を塾に通わせ、一流大学へ入れようとして必死になってきました。その虚しさを経験した若者たちが自らそれを崩壊させていくでしょう。自分たちの青春は何であったのか。それだけ猛烈に勉強して、自分はどこの会社に入るのだろうか。一流企業や官庁が次々と崩壊する中で、何十年も塾詰めであった自分の青春は何であったのか。それを体験した若者が自らの手で教育の在り方を変えさせていくでしょう。

今の皆さん方の年代は若いときにいろんな関係で人間を恐れ、不安を造り、そしてこれからやっと一皮むけようとする時期に入っていくでしょう。でも若者たちは初めから自分たちのセンスでどんどん行動していきます。皆さん方から若い人を見るときに、自分たちのやり方で見ないようにする、まずはこれをよく心に入れておいてください。

心を癒して、そして愛を身に着ける。皆さん方の世代ではこれも一つの方法として通用したでしょう。これすらも若い人には通用しない方が多いのです。何を癒すのか、もうルールがありません。癒し以前の問題になっている若者がたくさんおります。集団生活をほとんどやっていないもの、ルール通り生きたことのないもの、そういう若者が多いために、癒すべきやり方も皆さん方とはまったく違っております。いろんな面において、若い人を見るときに自分たちと違う感覚で見ていく必要があります。

また皆さん方もこれから何十年も生きていく必要があります。しかも喜びをたくさん造りだし、自分の人生を良いものとして生きていきます。自分の心をどのように潤していくか。一人ひとりそれを真剣に考えていくでしょう。今のこの時代において皆さん方はとても大切な位置に立っております。いろんな人間の心を学ぶことができ、宇宙からの適切なアドバイスを受けることができ、また若い人を見ることができる。自分はどう生きるかをじっくりと考えることができる。

それぞれパートナーがいて、いずれかはパートナーとの間で真剣に話し合う時期も来るでしょう。自分が満足するために、どのような生き方を選んでいくか。どのように若い人たちと接していくのか。皆さん方の行動の一つひとつがとても大きな鍵を握ってきます。日本はさらに日本の価値観だけではなく、世界各国の価値観が必要になってきます。いろんな国々から日本へ人が入ってきて、交流が深まっていくでしょう。日本は平和であり、安全であり、とても楽しい国です。ほかのほとんどの国々は生きることに必死でした。常に内乱があったり、物価が安定しなかったり、政治形態がしょっちゅう変わる国があり、日本で生活しているととても安心感を覚えます。

いろんな国々から日本にやってくるでしょう。皆さん方、そういう人々も相手にしていかに楽しくうまくやっていくか。若者だけで手いっぱいかもしれない。でもほかの国々はまたまったく価値観が違います。宗教的な違いがあれば、長い長い民族の歴史も違っており、ほかの国はほかの国の考えがあります。でもそういう人々とも分かち合う必要があります。

ほかの国の方が一般に生きるということに関してはとても強いエネルギーを持っております。生きる、この強さを日本人はかなり見失っております。どのような状況でも安全に生きることができた。日本人はそういう意識を持っているために、黙っていてもただで生きられるという感覚を持っております。ほかの国では生きることにとても必死です。ちょっと油断をすると、とても危険な目に合ってしまう。家族でさえも、油断ができない状況です。

そういう人々が日本人に生きることの強さを教えていきます。皆さん方はそういう意味でほかの国々の人から生きるという生命力の強さを学ぶ必要があります。でも人間不信に陥らずに楽しく、うまくやっていく。そういう生き方を造り上げる必要があります。日本とでの社会が若者やほかの国々の人によってどんどん変化していきます。皆さん方も混乱することなしに、自分のペースをつくりながらいろんな人とうまくやっていくやり方を工夫していってください。


A今まで身に着けたものをいかに手放していくか

これからの日本がいろんな面で多様化し、価値観が分かれていき、一人ひとりがまったく違う生き方に進んでいくでしょう。家族であってももう子供はまったく違う生き方を望んでいきます。そういう在り方がむしろ普通であり、それを前提にした生活の仕方を身に着ける必要があります。自分はどう生きるか、家族はどう生きるか、これからの時代に見合った生き方を考えていってください。

これからの時代は皆さん方にとってはとても良い時代になるでしょう。しかし今までの生き方にしがみついている者や今までやってきたものを手放すことができない者はとても惨めな生き方になるでしょう。自分がどこまで手放したか、それによって生き方がまったく違ってきます。自分についてもっともっと学ぶべき課題が増えてくるでしょう。これからはそういう観点で社会を見つめていってください。

それではここで少し休憩をとります。ありがとうございました。


B若い人や年輩者とどのように接していくか

先ほど、これからの社会に向けての人間の意識や成長について話がありました。これからのそういう流れの中で、皆さん方は宇宙的な生き方や意識を具現化してそれを演じていくという役割があります。若い人たちがこの宇宙的な生き方にどれだけ関心を持ち、また具現化することができるのか。それが次のテーマに上がってくるでしょう。確かに若い人たちの感性や感覚は今までの概念を崩壊させ、日本を別の方向に導いていたエネルギーから解き放たれ、新たなる生き方を現すことが可能になるでしょう。

ただだからといって、それが宇宙の望んでいる生き方と合っているのかどうか、は別問題となります。若い人たちは初めから宇宙を理解しているわけではなく、またそれに興味があるわけではありません。その点に関しては皆さん方と同じように、初めはまったく興味のない人、途中でいろんなことをやってそれを解決しようとしてたまたま興味を持った人、いろんな人がおります。若い人たちはただ単に、束縛されたり、ルールで縛られたり、意味のないのをやることに反発するだけです。

ではそういう若い人たちを相手に、一緒に宇宙的な生き方を学んで具現化していくには、どういうやり方が必要なのか。まず皆さん方のお子さんや身内でかなり若い人がいたとする場合に、そういう人と初めは自分の生き方や興味、関心のあることからいろいろと話し合ってみて、どういう傾向があるのか、自分の生き方においてどういう方向性があるのかを何となく感じてみる必要があります。単に自分勝手に進もうとしているのか、それとも自分なりの方向性があってそこに進んでいこうとしているのか。まずはこれでかなり変わってきます。

単にその場その場で自分勝手に生きようとする人、こういう人には宇宙的なことを教えようとしてもあまり聞いてはくれないでしょう。自分なりにある程度、方向性や考え方、一つの生き方がイメージされている人はその生き方を良く話し合ったり、聞いてあげたり、お互いに相談に乗ったりし合いながら人生について語り合っていくと、次第にいろんなことに興味を持つ場合があります。初めから宇宙的なことを話題にするのではなく、人間とは何か、生きるということはどういうことなのか、単純にそういう話をするだけで十分だと思われます。

そのうちに、何故働くのか、何故生きるのか、何故勉強するのか、いろんな話題が出てきます。皆さん方はそれにうまくアドバイスをしてあげ、生きることの面白さ、生きることの楽しさを少しでも感じとれるようにアドバイスをしてあげると、その人も生きること自身にやる気が出てきます。まずは生きることの楽しさを教えることが前提となります。理論やいろんな知識は必要ではありません。生きるということがいかに楽しいことか、社会の中でいろんな人と学んでいくことの面白さを伝えてあげることです。

当然、恋愛をしたり、趣味を持ったり、いろんな相談を受けることもあるでしょう。それでそれぞれその喜びや素晴らしさを伝えていく。そういうところから始まっていくと、いろんなことにだんだんアドバイスをするようになり、お互いに話し合いが進んでいきます。相手の方は常にそういうアドバイスを受けているうちに、一つの方向性がだんだん感じられてきます。常に相手の心を考えながら自分が行動するということ、自分から喜びを発すると周りが楽しくなってくる。生きること自体が面白いと、何をやっても楽しくなってくる。いろんなことがだんだん相手に伝わっていきます。もうそれ自体が宇宙的な生き方になっており、わざわざ宇宙や魂という言葉を使わなくてももう十分に宇宙の生き方を身に着けております。若い人たちの間でそういう機会があれば、そういうやり方を工夫してなるべく自分の満足する生き方を実践できるようにアドバイスをしてみてください。

さて、今度は逆にかなり年輩者の場合。もう皆さん方よりはかなり年を重ねていて、自分の考え方がしっかり出来上がり、少し前までは日本の高度成長を支えてきた人たち。こういう人々もまだこれから何十年も一緒に生きることになります。まだしばらくは日本において重要な役割を演じていくでしょう。若い人たちの感覚が理解できず、でも自分たちのやってきた自身はしっかり身についており、それらをどう理解して良いか悩んでいくでしょう。

皆さん方がそういう人々と接するときはその人々が少しでも自分の内面に目をむけ、もし殻を造り上げている場合にはその殻を少しずつ溶かしていく工夫をしていく。多かれ少なかれ、そういう人々はいろんな執着を造り上げております。地位や名誉、金銭に対する執着や社会的な評価、いろんなものにしがみついております。それを少しでも壊そうとすると、向きになって反抗してきたり、余計にやりづらい状況になっていきます。でも、そういう人々はその殻を造っている限りはその人の人生が変わることはあり得ません。自らの力でその執着を解き放つ必要があります。

皆さん方がそのためにどのような手助けができるのか。まずその人が少しでもまだ社会の中でやっていきたい、うまく皆とやっていきたいという気持ちがあれば、今の若い人たちはどういう考えなのか、若い人たちはどういう生き方を望んでいるのか、そして社会の中心である若い人たちが造り上げた社会は今、どうなっているのか。それを何気なく、控え目に伝えていくアドバイスが必要でしょう。もう今までの価値観は社会ではほとんど通用しなくなり、若い人たちの感覚で進んでいっている。そういう若い人の感覚はどういうものなのか。

別に量が多ければよい、有名であればよい、一番であればよい、という感覚はまったく失われております。そういう事実をしっかりと理解させ、一人ひとり好みがまったく違っているということ、自分のペースで生きているということ。そうすることによりその人々がもしうまくやっていこうとする気持ちがあるならば、目を向けていき、心を少しずつ溶かしていくでしょう。

ただそういう社会の中でうまくやっていこうという気持ちがまったくない人、自分の世界で完全に閉じこもっている人、そういう人は皆さん方がいくらアドバイスをしようと思っても基本的には何も受け入れることはありません。ですからそういう人々に対しては、無理してトラブルを起こしたり、穴をこじ開ける必要はありません。そういう人はそういう人の生き方に任せることです。

さて、このようにして皆さん方は若い人や年配の人ともうまく交流を重ね、社会がスムーズに展開していく働きをしていく必要があります。今まで以上に日本はいろんな価値観の人間が増えていき、皆が同じことをする、皆が同じ価値観であるという認識が通用しなくなります。一人ひとり、自分はどう生きるか、自分は何が楽しいのか、それに目を向けることになるでしょう。家族であっても、兄弟であっても、もう別の人間である。それをしっかりと認識した上で、自分の生き方を作るようにしていってください。


C現象の中に流れる根本的なものを見る練習を

先ほど、防衛庁に関しての話がありました(休憩中、防衛庁とNECの不正に関する話をしていた。以前、防衛庁などの官庁は人やサービスに対してコストを支払うという習慣がなかったため、納入側は機器費用に人件費を含ませるという方法で対処していた。それが次第に習慣化してしまったらしい)。今はまだ防衛庁だけの問題としていろんな報道がなされております。これはさらにいろんなところに波及していく可能性があります。それに関連するところ、それと似たようなことをやっているところが次々と暴かれていく可能性もあります。それもある意味では必要なことであり、またそれを通して日本が変わっていく可能性があります。

ただ、先ほど言われたように、その本当のところを見ると、必ずしも良いか悪いかという評価ができないところがあります。したがって皆さん方はそういう事件が起きたときに、ただ単純に良いか悪いかで判断するのではなく、何故そういうことが起こったのか、そこに流れているもっと根本的なもの、そして今、自分たちが変えなければならないものは何であるのか、自分たちは何に目を向けるべきなのか、そこを常にみるようにしていっていただきたいと思います。表面だけで騒ぎを起こしたり、またそれを話題にして終わるのではなく、その内面に流れているもっと大切なもの、もっと本質的なものに目を向け、そして自分はどう変わっていくのか、を自分なりに見つけるようにしていってください。


今の話にありましたように、どのような現象でも表面で終わらせるのではなく、その内面の本質的なもの、一番の根本的なものをなるべく見る練習をし、それによって流れを見ていく練習をしていってください。私たちはここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)1998 CentralSun
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