Oさんの話の中で、非常に混乱している人にアドバイスしたり、その人のためにできることとして何があるか、といった話がありました。多くの人はやはりほかの人、特に親しいひとが混乱したり、悲しんだり悩んでいると、それを何とかして手伝ってあげ、少しでも楽にしてあげたいという気持ちになります。
こういう思いそのものはとても良いことであり、それは否定されるものではありません。したがってそういう混乱している人に何かしてあげたい、少しでも楽になってもらいたいという思いそのものはとても良い波動です。そしてそこで何かをするときに、いろんなことを考え、自分のできる範囲内で最大限の努力をしようとします。
しかしそこで多くの人はいろんなことを考える上で、自分の身に着けてきた経験の範囲内で解決策を見い出そうとします。今までの自分がこうだったから、たぶんこの人もこうであろう。世間一般ではこうだから、この人もこうしておこう。きっとこの人も私と同じ悲しみから原因がきているのであろう。そういう論理によって目の前の人を癒してあげようとしたりします。
この時点で少しずつ心が歪んできます。なぜならば相手がそれに同意しなかったり、受け入れなかった場合、やはり自分の方はそれでうまくできたという自信があるために、どうしても自分のやり方を押し通そうとする場合があります。この段階で、もう相手の癒しではなく、自分の概念の押し付けが始まってしまいます。そうすると、もう思いやりやいたわりではなく、自分のコントロールということがテーマになってしまいます。
したがって目の前の人を何とかして助けてあげたいというときに、自分の概念を前提にすると、必ずしも正しい波動にはならない場合があります。ではその場合には、どのようにして相手のために尽くしてあげるか。まずは相手にいろんなことを聞いて、話をさせることが前提です。自分の家庭はどうだったのか。親との関係はどうだったのか。今までどういう生き方をしてきたか。それを一つひとつ聞き出して、相手にちゃんと話をさせることです。その段階で、本人がいろいろと気づいてくるはずです。
一般に、自分以外のエネルギーに巻き込まれている場合には、自分自身を否定したり、自信がなかったり、あるいはすぐほかの者に力を借りようとする者、そういった人間によく見られる傾向です。そういったのを自分で見つけ、理解していくことが必要です。本人がそれに気づいていないときに、何とかしてあげようとしても、それはまだ準備ができていません。
基本的にカウンセリングや癒しというものは、本人が自らの口で語らない限り、始まりません。ただ現象や症状だけを訴えても、それでヒーリングにはまだ始まりません。ちゃんと自分の口で、いつからどうしてこうなったのか。自分の考え方がどうだったのか。家族や兄弟で何があったのか。それをちゃんと話させることが必要です。そして自分では、自分の人生をしっかりと造ろうとする意志があるのかどうか。自分で生きていくという強い気持ちがあるかどうか。それを確認していくことが必要です。
そういう一連の流れの中において、本人が本当に自覚し、理解し、本当に自分一人でもしっかりと生きていきたい、という強い心ができたときに、もう準備ができたと見なされ、本当のヒーリングに出会うことができるでしょう。そういう準備ができていない者はまだそれを改善する許可が降りていないために、それを取り除ける力のあるところには巡り会えない状況になっています。
ですからOさん自身がその人のためにいろいろやってあげたいという気持ちはあったとしても、そのやり方を自分なりに考えていってください。相手に話をさせるというやり方。何かをするのではなく、自分で自分を癒すというやり方。それをあなたが学ぶ必要があります。何かをしてあげるという満足感を得るのではなく、その人が自分で見つけたというその人の満足感を引き出してあげてください。
Sさんの話で、自分といろんな人とのかかわりの中での学びや考え方、やり方についての話がありました。あなた自身の今のエネルギーの状態が急速に変化してきており、あなた自身の学びにもかなりの修正が行なわれております。自分が正しいと思ったこと。今一番のテーマになっているのは、この正しいという価値観。今のあなたに大きなテーマとなって現れております。
何をもってあなたが正しいと判断するか。あなたから見た場合の正しい人間というのはどういう人間か。これは今年のテーマになるでしょう。自分のできること、あなた自身の価値観で正しいと思って行動すること。自分は正しい行動をとっても結果的には非難されてしまう。何故であるのか。結局、正しい行動をとったとしても、それがすべての人間に受け入れられるわけではなく、また必ずしもすべての人間が楽しく、喜びに満ち溢れるわけではないということです。
つまり、正しい行動をとるということと他人を幸せにしてあげるということは別問題であること。普通の人は正しい行動をとっておけば、皆が楽になり、楽しくなり、平和が訪れると思っているでしょう。残念ながら、今までもほとんどすべての人間が自分の価値観で正しい行動をとっています。宗教を信じているものは、それを正しいと思って行動し、別の宗教を排斥していきます。そして戦争を起こし、相手を憎んで抹殺していきます。正しい行動と平和や幸福は繋がっていないのです。
では正しい行動をとるということと、他人を幸福にするということはどういうつながりがあるのか。それぞれは自分の価値観で正しい行動をとっています。そして自分の価値観で幸福になることを求めて行動をとっていきます。でも、結局、自分は幸福にならず、周りも幸福になっていかない。もうそろそろ自分の価値観の正しさが万能ではないということに気がつく必要があります。
自分の信念による正しさ、これは確かにその人の生き方として否定はできません。でもそれはその人の正しさであって、ほかの人の生き方には何一つ、適応できないということ。では、自分の正しさをほかの人の言動に合わせた場合に、どのような現象が起こってくるのか。ほかの人はまた自分の価値観で正しい行動をとり、結局、正しい者同士の間で衝突が起こり、争いが起こる。正しい。私たちの観点から見た場合に、争いが起こった段階でもうそれは正しくはありません。
一人ひとりが正しいと思っている行動は、私たちの観点から見たら正しいとはいえないのです。でも、自分の観点の中では正しいと信じています。皆さん方に、光と繋がりなさい、神と繋がりなさいと言っているのは、この正しさの価値観を光や神の価値観に合わせるということを意味します。今までの自分の価値観から光や神の価値観に変えていくということ。
そうすると、ほかの人それぞれが自分の価値観で正しい行動をとっていることに理解を示しながらも、自分は自分の世界の価値観ではなく、光の世界の価値観で行動をとる。神の価値観で行動をとる。これが光と繋がる基本といえるでしょう。では、光と本当に繋がって、価値観を私たちと同じ価値観に変えてきたときに、どのような人生を送ることになるだろうか。
一人ひとりの価値観をすべてそのままその人の価値観で正しいと認めながら、自分は自分の価値観にこだわらず、光の世界の価値観に沿った生き方をしていく。つまり自分はあえて争いを起こすことはなく、あえて非難したり、混乱を招くような発言をせず、少しでも全体が楽しく、満足するように考えていく。自分の満足ではなく、全体が満足するような方向性を常に考えていく。
これは多くの人が今までもそれなりに考えてきたでしょう。でも、結果的に自分が満足することが第一の基本になっているために、本当の私たちの価値観とはかなり違っています。私たちの価値観に合わせた場合には、場合によっては自分が一番つらい経験を経ることによって、全体的に幸せが得られる場合があります。自分が本当につらい状況を得ることによって、ほかの人が助かる。こういう場合も十分にあるのです。
多くの人はそれを嫌がって、行動に移そうとはしませんでした。でもそういう気持ちこそが私たちからみたら一番の正しい行動なのです。勇気を出して堂々と宇宙の仕組みを述べていく。たとえ非難されようとも、自分は宇宙の仕組みを理解してそれを行動に移していく。自分はこれ以上、三次元に執着せず、物欲に負けず、相手の本当の光を見いだそうとして発言していく。こういう勇気が必要なのです。
本当の正しさは、たとえ自分一人が非難されようとも、私たちの代弁者として語っていく。このものをいいます。正しく生きる。正しく語る。その本質のところを良く理解していただきたいと思います。
その時に、一度や二度、後悔したり自分が嫌になったからといって、決して自分を否定したり、自分の光を消してしまったりしないように、しっかりと立ち直って、また自分の人生を進んでいっていただきたいと思います。多くの人は失敗することを非常に恐れており、わずか一度の失敗でもすべての人格を否定してしまったり、人生を完全にあきらめてしまったりする人がいます。
私たちの観点からすれば、皆さん方の考えている大きな失敗というものは、私たちからみたらホンのわずかな躓きにしか過ぎません。それによって人生がたとえ根本的に変わろうとも、実際には大したことはないのです。皆さん方にとって一番大きな過ちというものは、せっかく光とつながりながらも一度や二度の失敗で自分で光から離れていく者、光を恐れて自ら切ってしまう者、これが一番大きな過ちなのです。
せっかくこうやって光と共に学んでいながらも、わずか一度や二度、失敗したぐらいで自ら去ってしまう者が後を絶たないのです。皆さん方には、本当に、たとえどのような躓きがあろうとも、自分を光から切り離すことをしないように、本当に頑張ってやっていただきたいと思います。
最終的に大切なのは、三次元の人間が何を選択し、どういう行動をとっていくか。ここに大きな鍵があります。人間が人間同士、思いやりやいたわりを育んでいく。本当に自分の仲間であると心から感じ、いたわりや優しさを与えていく。これを身に着けない限りは、私たちがいくら頑張ろうとも、何の意味もないのです。
しかし、皆さん方も、一人ひとりは同じことを考えているでしょう。早く平和な社会を造りたい。喜びに満ち溢れた社会にしたい。誰もがそう思っています。ところが、一歩、外に出たり、家に戻ると、たちまちにして感情の嵐がやってきて、自分の静けさがぶっ飛んでしまう。
自分としては一所懸命、相手を許そうとし、ひたすら頑張ろうとする気持ちは分かります。でも、所詮、感情が勝手に動いてしまう。肉体が反応してしまう。これは一人ひとりがしっかりと自分で理解し、手放すまではその学びが続かざるを得ないのです。本当に、感情に流されず、自分で自分を支配し、自分で考えて行動するというこの根本を身に着けない限りは、感情やいろんなエネルギーで自分の体が勝手に反応してしまうのです。
今まで、いろんな感情が沸き起こっても当たり前と感じ、それでこそ人間と思ってきた人たちがたくさんいます。しかし、今、あらためて言います。単に邪なるものの影響によって感情が高ぶったり、流されているのは、理性の発達した人間ではありません。それをコントロールする力が必要です。本当に許せない人間。心からムカムカする人間。でも、そういう人間に本当に愛と許しを与えるぐらいの強い心を身に着けてほしいと思います。
いつまでもいつまでも、それでいいんだよと私たちは言うことはできません。心弱きものを残すことはできないのです。自分の心ぐらい、自分の意思でコントロールできるように、それぐらいの力を身に着けてほしいと思います。
私たちはあなた方の想像以上にいろんな仕組みを造って、いろんな犠牲者を出して、この地球のために力を降り注いでいるのです。あなた方人間のために、どれだけの天使が犠牲になったか。どれだけのマスターが犠牲になったか。想像もできないでしょう。たった一人の人間の単純なエネルギーによって、光の軍団のすべてがおかしくなったこともあります。あなた方の軽率な一つひとつが計画を目茶苦茶にする場合もあります。本当に、自分の強い意志で自分をコントロールし、しっかりと光と歩んでいくという、その姿勢を身に着けてほしいと思います。
あなた方が確実に光と繋がり、自分を見失うことなく、しっかりと歩んでいけるのを望んでおります。
さて、こういう現象があった時に、私たちの観点から見たときに、必ずしも正しくはなかったとは映りません。その人がそれによって何かを学び、新しい価値観に気がつき、より多くの人に喜びを与えることができるような判断を身に着けることができれば、それはそれでその人にとって良い体験だったといえるでしょう。
したがって正しいとか正しくないとかを、その時々の現象で判断しても、必ずしもうまくは解釈できない場合があります。したがって本来、正しいかどうかを判断するときには、もっと限定し、いつ、どの時点において、誰がどう行動したときには、どの人にとって正しかったか。そういう限定条件が付いてきます。
したがってどの時空においても、どの人間に対しても共通して、ある行動をとれば正しい、と言うことはあり得ないということ。そういう認識を持った上で、自分の行動を考えていく必要があります。自分が身に着けてきた価値観にしても、今までの価値観の、今まで体験した人間の中では正しかったかもしれませんが、これからの時代において、新しい人間関係においても正しいかどうかは分かりません。
もう人間が違えば、価値観が違い、学びも違うということ。したがって自分なりに正しいと判断したことは、これまでの経験において、そう想像しただけであり、今、その場その場において、本当にそうかどうかは自分には分かりません。しかし、できるだけ心を広くし、そこに居合わせているすべての人間の気持ちをなるべく理解しようとし、そして全体的にうまくいく方向性を自分なりに造り上げていく。お互いがそういう気持ちを発して、なるべく一人でも多くの人が喜びを感じられるように行動をとっていく。これは全体的に見て、常に正しい方向に進んでいるといえるでしょう。
今のこういう状況において、地球人類が一つにまとまって正しい方向に進んでいく。これを実現するには、まだまだいろんなテーマが残されています。しかし、諦めるのではなく、まず自分のできる範囲内で身近な人間関係から視野を広くして、相手の心を理解していくようにする。そういう思いを常に身に着けていただきたいと思います。
多くの人はどうしても、否定されるのを恐れて黙ってしまったり、相手に合わせてその場をごまかしていきます。その時には、せっかくその背後で正しさを貫こうとして援助していた天使たちがいかに残念に思い、その場からスゴスゴと帰ってくるか。一人ひとりが正しさを貫こうとしたときには、必ずといってよいほど、天の存在たちがバックアップしています。
でもほとんどが三次元的な現象を見ることなく、戻ってきます。そして、結局は、皆に合わせるとか、強いものに合わせるというエネルギーがより強くなり、より多くの人間にまた入り込んでいくのです。その場に合わせるとか、皆に合わせるというのは、単に自分を表現しないだけではなく、そういう反対のエネルギーをより強くしているということ。
皆さん方はそれを演じているということ。そういう認識を明確に持っていただきたいと思います。いつもいつも、合わせている者は、そのエネルギーをどんどん太らせており、そしてそこから抜け出ることができなくなってしまいます。その中でしっかりと表現し、天の道を歩もうとする者、確かにいろんな障害が起こったり、非難されるかもしれません。でも、それによって真の光が流れていき、今まで牛耳っていたエネルギーが消えていきます。そのまま見過ごす、黙っておくというのは、光と反対のエネルギーに活力を与えているということを覚えておいてください。
今日は皆さん方のテーマに沿ってこれからの生き方や行動のとり方について、アドバイスをしてきました。これは今日だけのものではなく、ある意味ではずっとずっと必要なテーマです。自分をしっかりと歩ませ、成長するためには、忘れることのできないテーマです。とりわけ日本人はどうしても自分をしっかりと表現するという能力が弱いために、ついつい黙ってしまったり、合わせてしまう行動をとってしまいます。この日本のエネルギーを変えるためにも、まずは一人ひとりが自分からしっかり表現し、神や光の価値観を自分から具現化していく。そういう行動をとっていっていただきたいと思います。