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1997/8/17■8月セミナーから

成長しながら完全性を保つ宇宙の創造へ

@恐れや不安を前提とした法則から喜びを前提とした法則へ

私たちは今、アシュタールコマンドからやってきております。今日は創造主のエネルギーというテーマで皆さん方においでいただきました。皆さん方の望み通りの状況が得られるかどうかは分かりませんが、私たちなりに皆さん方にとって今一番必要な情報とエネルギーを与えようと思っております。


さて、皆さん方は自分の意識を成長させ、神と一体になることを目標として学びを続けております。神と一体となるということが何を意味するのか。人間は元々、ある意味では神の分身としてつくられております。宇宙を創造することができ、生命エネルギーを流すことができ、自分を成長させることができる。神の持っている大切な役割のいくつかを人間自身が自ら行なえるようになっております。

ただ、人間は具体的な肉体を使いながら、お互いの生命を生かし合い、愛を身に着け、そして宇宙を広げていくという働きがあります。人間自身が持っている素晴らしい特質がそこに影響を与えていきます。一人ひとり、自分だけの特質があります。それがほかの人の宇宙との違いを生み出していきます。

一人ひとりの持っている特質。自分はほかの人よりも創造することに興味があり、新しいことをどんどんやってみて、その上で役に立つものを身に着け、より素晴らしいものに創り変えていく。そういう能力に優れているものは限りなく創造性を活かし、宇宙をどんどんと広げていくことができるでしょう。

生命とのかかわりに特に関心があり、いろんな生命が持っている役割や波動にとりわけ興味があり、自分との結び付きをいろいろと楽しんでみたい。いろんな生命に自分からエネルギーを分け与えて、共に喜びを分かち合っていきたい。そういう思いの強い人は、生命エネルギーをいずれは自由に使うことができるようになるでしょう。それによって生命とは何であるのか、何故自分がここにいるのかがだんだん理解できてくるようになってきます。

自分が少しずつ思い出されてくる。自分の特質のいろんな特徴が具体的に分かるようになってきます。自分の特質がだんだん見えてくると、それをさらに発展させ、自分だけの素晴らしい宇宙を創り上げていこうという気持ちがさらに強くなってきます。そして自分の特質の理解がだんだん深まってきて、さらに特質をこういう方向に変えていきたい、さらにもっとこういう面を自分は取り入れていきたい、自分にはなかったこういう方面で今度は宇宙を試してみたい、そういう方向へ発展していくようになっていきます。

自分には本来備わっていない波動をそこで必要と感じられた場合に、そこで新たな転機を迎えてきます。自分自身にはどうしても備わっていなかった波動を取り入れることによって、自分の宇宙をまったく新しいものに創り変えていきたい。

例えば、今まで自分はただ成長することを考えて宇宙を創ってきた。より大きく、より素晴らしくなることを目標としてひたすら宇宙を創造してきた。でも、ある時点まできたときに、やはり生命同士が心から交流するという喜びや楽しさがそこに入っていないと、宇宙がとても寂しいものになり、ただ大きいだけのものになって、どこにも喜びが感じられないということに気がついてきます。その段階で、では喜びをどのようにして自分の宇宙の中に取り入れていくか。そういう学びに気がついてきます。

その必要性を感じたときに、生命同士のいろんな喜びを身に着けるたびに、必要な経験は何であるのか、どうしたらそういう喜びが自分のものになるのか。いろいろと考え、そしてそれを経験として身に着けようとする行動をとっていきます。生命への喜びの分かち合いを経験するために、自らいろんな生命を創り出し、そしてそこに自分の意識を降ろして、自分がその生命となって活動をしていきます。

皆さん方の中にも、このようにしていろんな生命を次から次と経験してきている人が何人かおります。それによって生命同士の喜びとはどういうものであるのか。どうしたらお互いに満足感を得ることができるのか。それを学んでいる人がおります。

こういう経験とはまったく別に、自分自身が常に全体を仕切った中で、成長していこうとして宇宙を完成させようとしている人がいます。常に自分が全体を管理し、自分の理解できる範囲内で完成された宇宙を創りあげていく。常にこういう思いを持って宇宙を創造している人がおります。その人の思考の範囲内で、宇宙は常に統合され、満たされており、一定の制限の中で完成された安定を保っております。

でも、こういう宇宙は自分の想像していない状況がやってきたとき、途端に取り乱し、宇宙全体が不安定になり、とてももろい状態に瞬時にして変わってしまうことがあります。そういう事態を考えていなかったとき、対策がまったく分からず、どうしようもできないまま不安定を続けていく場合があります。その時に、改めて必ずしもすべてを自分の管理の中で創造していこうというやり方が正しくないことに気がついてきます。

その時点で、創造の仕方が根本から違うということに気がつき、まったく新しいやり方で宇宙を創り変えるようになっていく人がおります。皆さん方の中にも、こういう認識で今、宇宙を根本から創り変えようとしている人が少しおります。

また、自分なりに正しい価値観でしっかりと宇宙観を創り、安定を保ち、調和を保って成長してきたのにもかかわらず、必ずしも自分が本来考えていた満足感や喜びが得られていないという場合、自分が創造していた通りに宇宙ができているのにもかかわらず、喜びが得られなかったという人。自分が初めに考えていた宇宙が本来の宇宙とは違っていたということにだんだん気がついてきます。

こういう人の場合は、一般に何をどうしてよいか、まったく分からない状態に一時期陥り、そしてその混乱の中で新たな光を見い出す場合があります。一般に、今まで別の教えや別の概念の中で学びを続けてきて、そこで成長が一定のところで留まり、それ以上の可能性がなくなった場合に、こういうケースが見られます。宇宙においてはある一定のところで止まるということはあり得ず、常に成長を続けていきます。常に先があり、奥があり、学ぶべきテーマが必ずやってきます。

にもかかわらず、今までの教えにおいてはある一定段階においてすべて悟ってしまい、それで終わりであるかのように教えられた人がおります。そして自分はもうそこまでいったから学ぶべきものがないとか、もうこれで私は完成したとか、思っている人がおります。これも真の宇宙とは程遠い宇宙観を創り上げています。

さて、こういういろんな宇宙を皆さん方は創りあげて、今、ここに集まってきました。自分がどういう宇宙観を今まで創ってきたのか。自分なりによく考えてみてください。自分の理想としている宇宙はどういう姿であったのか。そこにおいて人間はどういう役割を担っているのか。宇宙という一つの場がどういう状況を生命に与えているか。その中で、皆さん方一人ひとりがどういう役割を演じているか。


今、大いなる大いなる存在たちが皆さん方にやってきて、それぞれの宇宙のエネルギーを根本から変えようとしております。自分なりに創り上げた概念の中で、もう自分には必要ではないという概念、これからは自分にとって必要だと思うエネルギー、そういったものを自分なりに分析してみてください。

皆さん方を導く神がこれからも必要なのかどうか。争いや対立のエネルギーがまだまだ必要なのかどうか。比較をしたり、優越感やプライドの気持ちはいつまで必要としているのか。本音を隠し、素直に表現していない自分、いつまでこれを演じていくのか。

自分が恐れているものは何であるのか。罰せられる、怒られる、咎められる。誰に? 自分は誰から批判されるのか。何を恐れているのか。そういう気持ちがいつまで必要なのか。間違ったらどうしよう、失敗したらどうしよう、別のものだったらどうしよう。いつまでそういう思いを持ち続けていくのか。

今、本当に必要なものは何であるのか。不安、心配。何を心配している。理解できなかったら、どうしよう。皆に置いてきぼりにされたらどうしよう。自分だけ別のところに行ったらどうしよう。別の道というのは誰がそういう風に決めたのか。本来の道と別の道、誰がそう区分けしたのか。

さぁ、あなた方の一人ひとりの宇宙、よく見つめていただきたい。どういう宇宙の法則がそこに存在していたか。怒られたら困る。間違ったら困る。皆から非難されたら困る。恐怖のエネルギーが法則の中に根本的に存在している。恐怖のエネルギーで宇宙の法則ができている。だから、あなた方の宇宙における宇宙の法則は恐ろしさから逃れることでしかなかった。それは真の宇宙の法則ではない。真の宇宙の法則は喜びを与えることしか考えていない。じゃぁ、誰がこの恐怖のエネルギーを法則の中に持ってきたのか。

さぁ、これからの皆さん方の宇宙の法則の中から、恐怖のエネルギーを手放していく作業を行なう。一人ひとり、本当にもう心配や恐れ、不安というものを心から追い出すことをしっかりとやっていただきたい。人に非難されようが、違う行動をとろうが、自分だけ別の道に行こうが、それは恐れや不安とはまったく関係のないものである。自分の経験のためにそれを選択しているに過ぎない。恐れや恐怖はそこにはまったく関与してこない。

にもかかわらず、自分から先に恐怖を持ってきている。自分から先に呼び込んでいる。そして恐れの中で喜びを見つけようとして、喜びが得られなかったらどうしようという不安をまたつくり出してしまう。自分だけできなかったらどうしよう、という不安をつくり出している。さぁ、もうそんな不安は自分には必要ないということをしっかり理解するように。

自分は何も恐れない。何一つ不安はない。十分。他人と違っていて十分である。自分だけの道を歩んでいて、それで十分。何ともない。それぞれが違う道を楽しんでいる。自分も自分の道を楽しんでいる。さぁ、心から不安や恐れを追い出し、そして喜びに変えていくように。さぁ、不安をどんどん体から抜き去っていくように。もう恐れや不安から先に考えることは一切、なくなってきている。そんな必要がなくなってきている。ただ、必要な経験をしている。

あとはその中に、どれだけ楽しいことや嬉しいことを自分で見つけ出せるか。見つけ出せなくても構わない。ホンの少しでもそこに喜びがあれば、それは本当の喜びである。見つけた喜び。喜びを見つけることだけを考えていくように。

さぁ、一人ひとりの宇宙の法則の根本が喜びのエネルギーに変わっていくように、しっかりと感じて欲しい。不安のエネルギーが完全に体から抜け出し、喜びのエネルギーに変わってきているのを何とか感じて欲しい。これからは喜びを根本的に前提にした宇宙の法則が皆の宇宙を創っていく。まずはじめに喜びがあり、何をするにもどういう喜びがあるのか、この人はどういう喜びを持ってくるのだろう、この体験はどういう喜びがあるのだろう。喜びを前提に考えていく。これが今から皆の宇宙の法則となっていく。

もう恐れや不安は一切、必要とはしていない。新しい人が来ても、どういう喜びを教えてくれるのだろう、隣の人はどういう喜びを見せてくれるのだろう、自分はどういう喜びを発見できるのだろう、と考える。さぁ、喜びが前提となった宇宙の法則をよく感じて欲しい。

さぁ、大きく息を吸い込んで、銀色の素晴らしいエネルギーを口からどんどん体の中に入れていくように。さぁ、銀色のエネルギーで浄化し、美しい法則性に変わっていくように。一人ひとりの体が輝いてきている。一人ひとりのエネルギーが急速に変わってきている。今まで、恐れから考えていたことがいかに無意味で、必要でないことであったのか。自分を解放させ、楽しく持っていくには喜びを根本にした宇宙の法則から始まる。さぁ、自分はしっかりとこれを身に着け、自分の宇宙をこれで創りあげていくことができる。しっかりと信じておくように。


A思考のエネルギーの使い方に注意するように

私はミカエル。一人ひとりの法則のエネルギーがだんだん高度なものになってきている。しかし、それと共に自分の思考の使い方が非常にポイントを握ってくる。たとえどんな思いでも、真剣にそれを思ったものはそれが本当に宇宙に反映されてくる。今までは確かに恐れのエネルギーをお互いに出し合っていたために、増幅し合い、そして皆で恐怖におののいていた。今はせめてここにいるメンバーだけでも喜びを根本にして現実を創っていって欲しい。

しかし、決して我欲や自分中心の思いを強く放出することはくれぐれも注意する必要がある。それは必ず自分に戻ってくるから。自分の出したエネルギーがそのまま自分に戻ってくる。本当に相手を喜ばせ、自分も喜ぶエネルギーは自分に戻ってきて、自分が美しく、嬉しくなってくる。しかし、自分の欲望で相手を思い通りにさせようとするエネルギーは自分に戻ってきて自分も、相手から不快感を得るような経験をすることになる。思考のエネルギーの使い方がさらに一段と鍵を握ってくる。それぞれがよく注意をしておくように。


一人ひとりの法則の根本のところの銀色の波動。そして自分の本質の根本としての金色の波動。まずはこの二つをしっかりと定着させていただく。まずは金色の波動をそれぞれの右手の手のひらから入れていく。右手の手のひらを上に向け、エネルギーが入り込んでくるのを感じておくように。それでは左手の手のひらに代わる。銀色の波動を左手の手のひらから入れていく。エネルギーが入ってくるのを感じるように。

さぁ、金と銀の波動がしっかりと体に定着するのを感じておくように。どちらかがまだ足りないと思ったら、足りないと思う方の手のひらでもっと補充をしておくように。左右のバランスがとれるまで、エネルギーを定着させておくように。


それではここで少し休憩をとります。そのまま楽にして、休憩をしていてください。それではありがとうございました。


B男性性と女性性という言葉について

それでは最後に少し説明をしてから、終わりにいたしましょう。先ほど(白、金、銀、紫の神のエネルギーに関する誘導瞑想とシェアについて)の皆さん方のお話の中で、いくつか面白いものがありました。私たちの方から説明をしておきます。

確かに西洋の学びでは男性性と女性性という区分けからいろんなものを学んでいく傾向があります。これは必ずしも性別に限られるものではなく、普通のものや自然、あるいは形のないものでさえも男性か女性かという風に区分けする傾向が西洋には残っております。名詞の語尾変化の付け方などで男性的なものなのか、女性的なものなのかを区別する傾向が西洋には古来から残っております。

それに比べて日本人はそういう違いを考えたことがないために、逆に男性と女性という響きにとても敏感に反応するところがあります。西洋の男性性、女性性というのは必ずしも男と女という意味ではなく、単にエネルギー的に違う二つのものという区分けからつくられております。ですから、日本でいえば、単に陰と陽という意味でしか使われておりません。

日本において、男性、女性という言葉を使うと、かなり肉体を含んだ性別的な意味合いが強くなってしまい、女性性というとどうしても女性の人は女性的な表現で言ってくれないと中々納得できなかったり、あるいは男性性のいろんなことを表現するときに自分の観念が邪魔して正しく表現できなかったりしてしまう傾向があります。これはある意味では日本人だけの特徴といえるでしょう。

今、ここでテーマにする場合に、皆さん方自身がまず西洋の教えや考え方を理解するときに、男性性、女性性という言葉から必ずしも男女の区分けという風には結びつけないように、理解していただきたいというのが一つあります。そしてそれとは別に、日本におい て、それらの考えを入れる場合に必ずしも男性性、女性性という区分けでそのまま日本に持ってくる必要はないということも覚えておいてください。

日本には日本人に適した理解の仕方や考え方があります。これは西洋とは違う考え方であり、これはこれで十分に意味のあるものです。日本人の本来の特質を殺してまで西洋の考え方を取り入れる必要はありません。皆さん方は十分に、もう西洋の学びは吸収してしまっているのです。これ以上、新たに取り入れるものはほとんどありません。むしろ日本人としてまだ活性化されていないエネルギーがたくさん残っています。ですから西洋に目を向けて、いろいろと取り入れようとするのではなく、まだ眠っている日本人の本来の考え方や調和のエネルギー、これをもっともっと発揮させていただきたいと思っております。


C金色の波動と銀色の波動の役割

私たちなりに、また少しコメントをしていきたいと思います。先ほどの神のエネルギーの中でも、金色と銀色の波動について少し説明をしておきましょう。

金色は確かにミカエルそのものであり、自分自身が光であり、存在の根本でもあり、またそこから光を遠くまで放つことができるとても素晴らしい光となっております。それに対し、銀色の波動は金色とは違う特質を持っております。でも、金色と銀色はお互いにとても必要なエネルギーであり、お互いになくしては自分の大いなる宇宙は完成できないようになっているのです。

金色が輝いて、さらに別の波動に変わることが時々あるのです。金色自身は存在であり、光であり、原点であり、また根源でもあります。ところが金色の波動だけでは自分の世界から抜け出ることができないという一つの特徴があるのです。金色はこれだけで完成しているために、不完全ということを知らないのです。金色は不完全を自分でわざわざつくり、そして完全にまた持ってくるための一つの作用として銀色の波動を必要としているのです。

銀色の波動は本来、これだけでも完成はしているのです。銀色の波動はこれだけでも明確に宇宙の中で表れがあり、自分の役割があり、そして自分なりに神の一つの分身という認識を持っております。ただ、銀色の波動は常に成長することが前提となっており、完成とか、そこで終わりということをまだ味わったことがありません。銀色は常に成長し続けており、これで終わりという感覚を一度も味わっていないのです。金色はこれだけで完全であるというのをはじめから身に着けております。金色と銀色の根本的な違いはここにあるといえるでしょう。

皆さん方がこれを男性と女性で区分けするのには、かなり難しいところがあります。人間の肉体のエネルギーは必ずしも明確に分かれているわけではなく、かなり重複しているエネルギーがあります。たまたま肉体的な違いが表れてはいても、それは表れがそうなっているだけであり、根本のエネルギーは両方とも同じものが入っているケースがたくさんあります。でも、使い方や単に遺伝子の状況によってエネルギーが発揮されなかったり、制限されたりするという状況によって、性別や違いが現れてきます。

今、ここで理解していただきたいのは、必ずしも金色だから男性のものとか、銀色だから女性のものとかいう区別はしない方が良いでしょう。ただ、一般的な傾向として、ミカエルは男性的な特質をたくさん持っており、そして金色で現れてくるということは事実して認識して構いません。また慈悲深い女神は白あるいは銀色として皆さん方の前に現れてくるということも事実として理解しておいて構いません。

でも、銀色の女神たちは金色のエネルギーをたくさん身に着け、そして自ら完成へと向かう学びを延々と続けていきます。金色のミカエルはそのままでも完成という状況ですが、さらに大いなる宇宙を創りあげ、もっともっと素晴らしい宇宙を創りあげていくという思いを常に持っております。

このすべての思い、新たなものを創り出し、不完全から完全へと導こうとしていくエネルギー。常に自分が完全でありながらも、さらに成長させようとする思い。この根本にある発展させようとする思い。それが創造主の根源の思いと思っておいてください。


D挨拶

私たちは今の皆さん方の経験を一緒に体験させていただきました。それぞれが真剣に、真面目に自分のエネルギーを理解しようとして学びを続けておりました。自分の白のエネルギーはどんな状態だったのか。自分の愛はどこまで身に着いてきたのか。多くの人はそれを感じとろうとして、一生懸命、やっておられました。

一人ひとり、輝ける体を持ち、自分の素晴らしい宇宙を創りあげ、そして大いなる神に近づいていっております。自分は神であるということ。自分がすべての根源であるということ。これは誰も否定することはできません。自分がそう信じている限りにおいて、誰もこれを否定することはできません。

あなた方が本来の自分に目覚めていく。それぞれが自分の内なる真実の魂と完全に繋がりができるように、最後にエネルギーを流していって、終わりにしていきましょう。


それでは私たちは今日はここまでにいたします。ありがとうございました。



付録:参加者の感想

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