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1996/11/4■月曜勉強会から

光は楽しく嬉しく喜びに満ち溢れている

@愛をいかにして身につけていくか

今晩は。私たちはある惑星から今、やってきています。こういう場で話をするというのは滅多にないことです。特別の許可を得て、今、ここにやってきました。なぜ、ここにやってきたのか。まず、その説明からいたしましょう。

ある特別の仕組みがこの地球に今、もたらされようとしています。皆さん方はもう、すでにいろいろの勉強をしており、基礎的なことはだいぶ、理解されているようです。この地球がもうじきかなり違う波動に変わっていき、そして物事の仕組みもかなり根本的に変わってしまいます。今のままで波動が変わってしまうと、人類がほとんど生き残れなくなってしまうために、それを少しでも良い方向にもっていかせるように、また別の仕組みが同時に進行しております。

そして皆さん方に愛について何度も何度も情報が届けられてきました。あなた方はもう耳が痛いぐらいに、その話を聞かれたことでしょう。でも、愛を身につけていない者は新しい波動では生きることができないということが明確に造られております。皆さん方の中にはお願いをすれば、自分だけは許されると思っている人がたくさんおります。でも、そんなことは絶対にないということをここに宣言しておきます。

宇宙の法則ではそんなごまかしはききません。愛のない者が無理矢理、新しい波動に残っても、何もできないのです。そもそも必要性がない。新しい時代は愛をお互いに交換し合うことが前提となっております。愛を流せない者がきても、意味がないのです。

しかし、今のままでは愛が本当に足りない。どうしたら、地球人類が愛を身につけ、お互いに喜びを感じることができるようになるのか。いろんな仕組みが造られてきました。あなた方にはいろんな癒しのエネルギーやほかの仕組みを通して愛することの素晴らしさや相手と分かち合う楽しみを何度も経験してもらいました。

でも、それを愛に結びつけている人がほとんどいないという悲しい現実があります。どうしたら本当に愛が身につくんだろう。愛は自分で気づいて身につけるしかありません。ほかの人に言われて、身についたという人はほとんどいないでしょう。自分で本当に愛することの喜びを発見するしかないのです。

ほとんどの人はまず愛されることを望む。愛してくれないと愛してあげない。愛してやるものか。この論理が先にきております。少なくとも、自分を攻撃するものには、まず愛というエネルギーは出てきません。でも私たちの世界では、自分を攻撃してくる者はまだ愛について理解していない生命であり、その生命が少しでも愛が理解できるように、なおさら多くの愛を差し上げます。

この永遠のテーマともいえる愛。でも、まったく身についていない。この愛ということをどのようにして地球人類に根づかせていくか。いろんな惑星がいろんな方法を通じて地球人類への導きをするように、命令が出されております。私たちは私たちのやり方で、地球人類と接触しながら愛を少しでも理解していただきたいと思って、活動をしております。

私たちの惑星における一つの姿を教えてあげましょう。私たちの惑星では、あなた方が考えているような人間型の生命はほとんどおりません。でも、あなた方よりははるかに進んだ生命がそこに存在しております。一番進んでいる生命はあなた方よりも約2万年は先にいっているでしょう。すでに肉体といったものは超えており、自由に自分の体を造り変えることができます。そしてその時その時の必要性に応じて、自分の存在を変えていきます。ほかの生命が少しでも喜びを感じられるように自分の姿を変え、一番必要と思われるエネルギーが届くように仕組みを造っていきます。

これは明らかに生命なのですが、おそらく皆さん方からすればまったく訳の分からない存在となるでしょう。特定の形はなく、特定の言語もない。必ずしも明確に分類する手段を持っていません。でも、明確に存在し、そして意識を持ち、エネルギーをやり取りしております。

この生命の下でいろんな生命たちがさらに素晴らしい社会を造っております。この生命たちはまだ肉体をまとっており、ある制限の下で社会を営んでおります。この生命たちは自分たちがそこの惑星にどのような奉仕をし、そしてエネルギーをやり取りするかを常に考えて行動しております。そこの惑星ではいろんな仕組みが造られており、新しいエネルギーがどんどん造られております。

その生命たちはその惑星のエネルギーに関することをいろいろと管理しており、全体の調整をとったり、バランスをとって、惑星がおかしくならないように維持させております。その生命たちがあなた方にいろいろと関与したことがありました。今はほとんど、その影響がなくなっておりますが、かなり太古の時に地球人に関与したことがありました。

以前、私たちはこういう機会を通してあなた方にあるテストをしたことがありました。皆さん方がいろいろほかの生命体と交流をとっていたときに、私たちも試しにやってきて、どのような印象を受けるのかを確かめたことがありました。その時の印象として、やはりほとんどの人は人間型をまず前提とした生命を考え、そこから離れるにしたがって気持ち悪いとか、怖いとかいうイメージを持ってしまうことがよく分かりました。

動物ということに対してとても特別な感情を持っており、動物と人間を明確に分類し、そして動物に対してはまったく愛というものがまったく入ってこないということ。そしてほかの星の生命体も動物と同じレベルで見られているということ。そういうことがよく分かってきました。

私たちの惑星ではそういう分類はまったく存在しておりません。どの生命体もある学びのためにその姿が与えられており、その姿を最大限に使って学びをしていこうと考えております。その体はあくまでもその時点における表現の一つであり、最終的な姿でなければ本来の姿でもありません。単に経験のための姿にしか過ぎないということ。

でも、地球の人々の意識はとても固定的であり、何か姿を連想した場合にはもうそれが固有のものであり、永遠にその姿がつきまとうようなイメージを持っております。あなた方でさえも、地球に来る前は全く別の姿・形であったということに思いを抱くことはまったくありませんでした。

そういう動物とか人間に対する思い、これをどのようにして本当の愛の感情にもっていくか。まずはそういう生命の姿・形による差がまったく無意味であるということに気づき、その根本の生命が皆、同じものであるということに早く気づくことが必要となります。自分たちの姿が単なる、一時的な仮の姿でしかないということ。そしてほかの生命も皆同じであり、たまたまその仮の姿をまとって目の前に現れているに過ぎないということ。

それぞれがその姿で最高の学びを得ることができ、そして喜びが見い出せるようにいろいろ協力してあげる。これが普通の生命同士の交流の仕方です。あなた方も一人ひとり姿・形が違います。そこに意味があります。自分だけの学びのために、自分だけの姿・形を造って降りてきました。その姿・形で最大限の学びを得ることができ、より多くの喜びを見い出せるように協力してあげる。これが根本に湧き出てくるはずです。

それが素直に沸き起こってこない。なぜか。自分が嬉しくないのに、どうしてほかの人を嬉しくさせる必要があるんだ。これが多くの人の意見でしょう。自分が楽しくないのは、自分の責任です。誰の責任でもありません。自分が間違った方向に行ったり、本来とは違う行動をとったとしても、それは自分の責任です。

地球人類はいつの間にか、自分の行動の責任をほかの所為にすることを覚えてしまった。これがすべての間違いのモトとなっております。なんでもかんでも、すべてをほかの所為にしてしまう。だから自分自身が違う行動をとっても、それが自分のとった行動であるということに気がつかず、ほかの人の所為にしてしまう。

誰も教えてくれなかった。もう、あなた方はその時期を過ぎる状況になっております。もう、自分の人生は自分で責任を持って進んでいく、という時期になっております。誰の所為でもない。自分がしっかりと選択をしていく。

結局は、この自分自身の人生を自分で責任をとっていない。自分の人生を自分で造っていないために、自分自身が何であるのかがさっぱり分からない。自分の自信がない。結局は人も信用できなくなり、人とのコミュニケーションがどんどん乱れていく。そして交流関係がおかしくなり、愛なんていう発想がなくなってしまう。まずは自分がしっかりと自分の人生を造る。ほかの人がどうであろうと、自分は自分。これを確立させることが必要です。

ほかの人がいかに自分と違った行動をとっても、自分は自分で選択していく。ほかの人の選択はそのまま許しておく。これを確立させない限りは、いつまでたっても愛は身につかないでしょう。あなた方の身近な人で、どうしても許せないという人や、すぐ厭になってしまう人。相手が悪いのではなく、そういう気持ちを持っている自分に問題があるということを早く理解してください。自分自身にすべての責任があるのです。自分自身の心の中から、確実に愛を目覚めさせることができるように。少しでも多くの人が愛に気づき、目覚め、行動できるように。

私たちは、今日、この後にいろんなことを仕組もうとしております。今はまず、初めの挨拶ですが、これからいろいろとあなた方にやっていただこうと思っております。


A自分を認めて欲しいというエネルギー

あなた方のために、特別な試みがこれから行なわれます。あなた方が自分のことをいろいろと考えるときに、まず自分の一番得意なところや人に認めてもらいたいところがすぐに顔を出してしまいます。あなた方はその自分の目立ちたい心を自分の一番表現したい部分としてほかの人に伝えてきます。ほかの人はそのエネルギーを感じとって、あの人はこうだとか、この人はこうだという風に、評価をしていきます。

まず、自分の心の中をよく分析し、人に分からせようとか、理解してもらいたいとかいう気持ちがあるならば、それをしっかりと見つめ、それが本当に光に溢れている波動であるかどうかを自分でチェックしてみてください。もし、自分で、このエネルギーはただ単に見栄や虚栄心から出てくるものだ、というのが確実に分かったのなら、もうそれは心の中からつまみ出して、外に放り出して欲しい。

私はこんな偉いことをやったことがある。私はこれがこれだけできる。私はあの人にこれをやってあげたことがある。私はこういう地位を持っている。私はこれができる。これらはすべて意味のない見栄や虚栄心となっている。あなた方とほかの人の交流を正常に行なわせるのを阻止している。なぜなら、このエネルギーは相手に良い波動を与えない。あなた方の自慢したい気持ちしか相手に届かない。

さぁ、認めさせようという気持ちをすべて体から追い出すように。

まだ、自分で気づいていない人が何人かいますが、手放した人もかなりおります。とりあえず、手放した人のエネルギーを吸い上げて、宇宙に戻します。これからは素直に人と接していくように。ほかの人を下にして、思い通りにさせようとか、自分の都合の良いようにもっていこうとするエネルギーも光とはまったく違う波動です。

思い通りにさせよう。都合の良いように持っていこう。そういうエネルギーを持っている者がいたら、心からつまみ出して欲しい。

もう人を下に見て、思い通りさせようとは決して思わないように。宇宙にこのエネルギーを戻そう。

自分は1人、誰も理解してくれない。誰も愛してくれない。いつもL私だけが誤解される。自分だけが辛い目に会う。分かってくれない。これも愛とはまったく違う波動。愛がきても、愛を受け取れない波動。この波動がある限り、いつまでも真の愛が身につかない。こういう波動を心の中からつまみ出して欲しい。

自分を犠牲にし、惨めにさせているエネルギー。自分で自分をおかしくしていることに早く気がつくように。心の中からつまみ出して、真ん中に集めるように。さぁ、宇宙にこれも戻して、もう二度と自分を虐げないように。

さぁ、大きく深呼吸をして、自分にとって不要なエネルギーは完全に心からなくなっているように。心の中を光で充満させて欲しい。

さて、今、皆さん方の心の大掃除をしました。年に一度の大掃除。もう、今年も終わりに近づいたので、今の内に掃除をしておきましょう。これから、皆さん方にそれぞれ一番必要な愛のエネルギーを流しますので、しっかり受け取って、心の中の隅々に流してください。一人ひとりにこれから流していきます。

この愛のエネルギーはあなた方の心を満足させるのではありません。ほかの人に流してあげるように与えられたものです。自分一人でそのまま仕舞っておかないように。ほかの人にどんどん分け与えて、初めて光り輝いていきます。自分がどういう愛を表現できるのかよく、感じとっておいてください。

それではここで少し休憩をして、楽にしておいてください。ありがとうございました。


B光とは反対のエネルギーを分析する

私たちは先ほど話をしていた仲間の1人です。今の皆さん方の話を伺っていて、いくつか気になるところがありましたので、まずそれを話します。

私たちは愛を実践する場合には、まず自分の一番の表現の方法として、相手を少しでも楽しくさせるのにどのようなことができるのかをいつも考えます。まずは自分の持てるやり方をしっかりと理解しておき、そして相手が満足する表現が自分にできるかどうか。最大限の自分のやり方を考えてみて、相手と接してみる。

相手がもし、個人的なことで悩んでいた場合には自分のこれまでの経験のなかで、少しでも役に立ちそうなことを話してあげる。私たちは常に自分のエネルギーをよく分析した上で、光の方向へうまく流れていくようなエネルギーをいかにして使うかを考えております。自分のエネルギーを正しく分析できていない人は、自分の行動が光の方向に向かっているのか、光とは反対の方向かを見失っております。

結果だけで、ただ楽しければよいとか、うまくいけばよいと考えております。でも、実際にはその人が相手に流したエネルギーが光のものであるのか光とは別のものであるのか、これが大きな鍵を握ります。自分自身が光ではなく、自分のエゴから出てしまった場合には相手を愛で満たすことはできません。ただ単に相手が満足するとか、楽しいというだけではなく、確実に光の方向に向かうことができるエネルギーを出しているかどうか。自分が光の方向へ向かっているエネルギーを出しているかどうか。これを自分で常に理解しておくことがとても大事です。

でも、自分の口から出てくるエネルギーで、光の方向なのか光でないかをほとんどの人が見失っている。これが一番の原因となっております。だから、皆さん方の口から出た言葉が愛なのかどうかが自分でも分かっていない。誰も分からないと思っている。でも、私たちからみると、はっきり分かるのです。光の方向に導くエネルギーは確実に相手がよりいっそう輝いてきて、喜びも自然に沸いてきます。

光でないエネルギーを発した場合には、相手はたちまち光でない状況に囲まれてしまいます。みるからに分かります。そして相手は落ち込んだり、ふさぎ込んだり、がっかりします。そういう感じを持ってしまいます。明らかに分かります。自分の言葉から出るエネルギー、それが光なのか光でないのか。その時に話している自分の心の状況を本当によく見ることが必要です。

得意になって知らせよう、知らせようとか、伝えよう、教えてあげよう、分からせてあげたい、こういうハヤる気持ちになると光は失っております。純粋に相手が本当に必要となるエネルギーをただ流してあげる。それ以上に、自分の気持ちで無理矢理入れてあげようとか、分からせようとかいう思いが入った途端に、もう光は失われてしまいます。光のエネルギーを相手に与えられるかどうかは、自分自身の心を本当に見つめていることができるかどうか。

今の皆さん方を見ていると、やはり難しいという気持ちがいっぱいですね。自分でも、何が光で何が光でないのかがさっぱり分からないという状況。光で満たされている場合には、一切の不安や心配、戸惑い、疑いといったものは出てきません。すべてが満たされており、イキイキとしてすべてを満足して受け入れることができる。これらが少しでも乱されているときは、もう光がなくなっている。不安、恐れ、心配、疑い、落ち込んだりがっかりしたりいらいらしたり、これらはすべて光でないエネルギーからやってきている。

こういう思いを持ちながら、言葉を放っているとき、このエネルギーがそのまま相手に伝わってしまう。したがって不安や心配の念を持ちながら話している言葉はそのまま相手に不安や心配のエネルギーを投げかけているのと同じことになる。これは愛でないのが明らか。したがって自分がすべて満たされ、喜びに満ち溢れ、心から湧き出る楽しさをもって言葉を発したとき、これは自然に光に満ち溢れたエネルギーとなり、これは愛そのものとなる。

したがって私たちからみたら、実に簡単なこと。常にそういう状況で相手と話していれば、常に相手に愛が流れていく。あなた方はそれができないという。ほとんどの場合は相手のためをもって、という気持ちが強くなって、自分の思っていることを説き伏せようとか分からせようとか、信じさせようという念が出てしまう。これは光のないエネルギー。相手はそれを聞いても満足しない。分からせようというエネルギーしか相手に伝わっていかない。

何が光で何が光でないか。本当は実に簡単なこと。今、言ったように、すべてが満たされ喜びに満ち溢れた波動で話しているときは光のエネルギーが相手に伝わっていく。ほかの生命や人々と話をするときに、こういう風に喜びに満ち溢れ、楽しく満足して会話をする。私たちはこれが当たり前になっている。わざと不安な状況にして相手に話すなんて、こんな失礼なことはない。こんな破壊的な行為は許されない。ましてや惨めな言葉とか、失望感とか、危機的な言葉を相手に与えるなんていうのはとんでもないことである。

その時の自分たちの心の状況をよく理解しておいて欲しい。それがそのまま相手に伝わっていくということ。


さて、皆さん方の成長のために、これからいくつかのエネルギーを順番に流していきますので、よく感じてください。皆さん方が常に光を目指しながら、光以外の方向に進もうと思ったとき、何か気づきが得られるように、あなた方に仕組みを造っておきましょう。自分が間違った行動をとりそうなときに、フッと我に返って気づくような仕組み。今、皆さん方に流しますので、自分の体の中に定着させてください。そしていつでも、この仕組みが自動的に体で反応するように、しっかりと活性化させてください。

一人ひとりがこの光の方に正しく向かいながら、自分自身の素晴らしい愛を常に発揮できるように。あなた方の言葉の一つひとつから愛のエネルギーが湧き出てくるように。しっかりと細工をしますので、皆さん方も常に自分が満足している状態で言葉を出していけるように、定着させてください。

自分だけの愛が確実に定着し、自然に発揮できるように、あなた方が喜びをもって生活できるように。私たちはそれを願っております。

皆さん方に最後に、私たちからの祝福のエネルギーを流して、終わりにいたします。

それではありがとうございました。

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